(研究分野: 物性物理学 )
理学研究科 教授 橋本秀樹
2008.02.05

固体物性I(光物性・半導体・誘電体)
そうですねえ、3つのキーワードをあげましょう。
(1) 究極の効率を持つ太陽光エネルギー利用技術
(2) 「明反応」とよばれる光合成植物が持っている天与のシステム
(3) 色素タンパク複合体の研究
「光合成」を一口で言えば、光のエネルギーの基本単位である「光の粒」(フォトンといいます)一個一個をそのまま100%に近い高効率で、エネルギーに変換している自然界のシステムです。小学生の頃に、「この緑色の葉で植物は太陽の光を吸収して、炭酸ガスと水からでんぷんというエネルギーの塊を作っているんだ。」と、植物の葉っぱを持ってきて教わったのを覚えておられるでしょう。このシステムが「光合成」です。または「炭酸同化作用」と習われたかも知れませんが、これが「光合成」のことです。
先導的・独創的、かつ国際的に高く評価される基礎研究であって、今後の科学技術に大きなインパクトをあたえる事が出来ること、そしてこの革新的な技術シーズ創出が、新産業の創出の手がかりとして期待されるという審査基準が出されています。この科学技術振興機構(JST)による「戦略的創造研究推進事業」をCRESTと称しています。英語名の頭文字を並べた略号ですが,この単語そのものにも頂上とか頂(いただき)と言う意味があります。要するに時代を先取る研究課題に賦与される国家プロジェクトのことです。19年度には、12の研究分野で募集がなされ、500件強の応募の中から幸いにも私たちの研究も採択されました。
これからの時代の最大関心事はいうまでもないことですが、環境問題とエネルギー問題でしょう。私はこの人類が直面してしまった重大課題の解決策を、自然(神が創造された自然)から学び、その仕組みを精査して解明し、科学の力を駆使して役立てたいと願ってきました。その為には基礎研究は必須です。言い換えれば、西欧で発展した自然科学は自然への畏敬の念に根ざした基礎研究を基盤にして発展してきたのではないでしょうか?
植物の「光合成」のメカニズム解明は1970年代の生化学の発展によるタンパク質の研究と、ATPに代表される生体のエネルギー物質、そして電子伝達システムの解明から始まっています。このシステムを利用する事によって、我々の社会に必要なエネルギー問題への素晴らしい解決策となると考えています。現在の太陽電池は、第1世代とよばれていますね。既に工業化されているシリコン太陽電池です。エネルギー変換効率は20%と人工のエネルギー変換法としては大変満足しうるレベルだと思います。しかし、設備投資の甚大さや、廃棄物処理の点を考慮すると化石燃料の代替えとなるにはまだまだ克服して行かなければならない問題が残っています。また、第2、第3世代のものは、色素増感型の太陽電池で、現在熱心に研究開発が進められていますが、現時点では実用化に向けた問題点が色々と残っています。エネルギー変換効率が高々10%程度である点や用いる材料にルテニウムという希少金属が必要な点などです。
我々の研究、即ち植物の「タンパクと色素の複合体」の機能から学んで、これにさらに人工的な改変を加えることによって、高効率のエネルギー変換を可能に出来る第4世代の太陽電池作成の青写真を私は提示出来ると期待しています。私の研究は青写真の提示です。その設計図をもとに,技術陣が実用化に踏み切ってくれることを期待しています。
上にも述べましたように植物は光エネルギーを効率よく利用するシステムを持っています。太陽の光はまず植物の持つ色素タンパク質で吸収されます。葉緑素(クロロフィル色素)とカロテノイド(カロチン色素)という2種類の色素群が働いています。
吸収された光エネルギーの変換には、「明反応」過程と「暗反応」過程がありますが、光エネルギーの流れは最終的にATPという生体エネルギー物質に極めて効率よく変換されています。私が研究対象にしている光合成細菌で用いられているシステムでは、LH1とLH2という2種類のアンテナ色素タンパク複合体と光中心複合体と言う色素タンパク複合体が重要な役割を果たしています。私たちは光合成細菌の培養からスタートして,色素タンパク複合体の精製・結晶化を行い、その構造をX線を用いて研究し解明してきました。また,最先端のレーザー分光計測技術を駆使して,その光機能を実時間で観測・解析することに成功してきました。
さらに私たちは、カロチン色素の人工合成も行って、光エネルギーの流れの仕組みを解明しました。とくに色素タンパク複合体の詳細な仕組みを解明したわけです。少し専門的ですが、色素部分とタンパク質部分との絡み合いを、世界で最初に解明出来ました。これによって「光合成」における光エネルギーの流れ方がはっきりとさせる事が出来ました。このような研究を続けています。
自分の研究歴が幸いなことに、この研究に必要な全ての分野・領域で経験出来た事によるのだと思います。もともと化学の畑で基礎教育を受けたのですが、最初に赴任した大阪市立大学では工学部・応用物理学の分野で半導体などの研究に従事出来ました。その後静岡大学に移り、そこでは合成化学の研究を行いました。英国スコットランドに留学して、光合成の研究には必須である生化学を学ぶ事が出来ました。
そして再び大阪市立大学に戻って来たわけですが、今度は理学部(物理)でそれまでの研究をさらに発展することが出来ています。 私は上に述べましたように応用技術の工学研究から基礎や原理を解明する理学、そして両方を駆使しなければならない生化学の色々な畑で耕された訳です。
ところで、数年前から我が国で積極的に進められている「産学官連携」については、こう考えています。 産学官連携は官(行政)の主導のもとで,産学の連携を実現して行くことが最も現実的な路線ではないでしょうか。 CREST 等、科学技術振興機構が先導する様々なプロジェクト研究は、国の科学・技術戦略目標に沿って、研究者個々人の持つシーズを発掘し、実用化に繋げる橋渡しをする素晴らしい研究制度だと思います。 科学・技術研究において、基礎と応用は車の両輪をなす、大切な2つの側面です。 私達が行っている広い意味での物性物理学に関する研究分野では、基礎無くして応用は成り立たないし、応用が無い基礎研究は単なる自己満足に過ぎないと思います。 自分自身の非力さの故にまだまだ実現まではほど遠いですが、私は光合成に関する基礎研究が、世界が抱えている諸問題(エネルギー不足の問題、温暖化、食糧不足の問題など)に正当に対処して、素晴らしい未来を切り開くための実用研究へと展開して行って欲しいと強く願っています。 大学での研究には基礎と応用の両側面がありますが、現状の大学での研究環境では、企業での実用研究に比べると、その両方とも広い意味では基礎研究に属すると思います。 願わくは、大学での基礎研究が、基本特許の取得に繋がり、それを行政の力を借りながら、企業側で実用化に繋げて行くと言うのが、理想的な産官学連携ではないでしょうか?
従来の石油や原子力に依存するのではなくて、我々が必要なクリーンで効率の良いエネルギーを如何にして獲得するか、世界中で研究開発が進められて います。この人類の根元的な課題に対し、橋本先生の挑戦的且つ積極的な取り組みの息吹を肌で感じました。なかでも「光合成」機構の解明のために、 フェムト秒レーザーまでも自作され、光エネルギーの吸収過程から光エネルギー変換の流れについて、先進的なご研究をされている事も知らされて感服いたしました。先生のご研究が、今後の人類の為に大いに役立つに違いないと確信した次第です。
産学連携コーディネーター 中島 宏