神経再生医療、疲労神経医学に取組む

(研究分野:機能細胞形態学)
医学研究科・教授 木山博資
2008.07.04

脳卒中、脊髄損傷で失われた機能を取り戻す、パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症の進行を食い止める等、損傷神経再生の分子機序を中心とした基礎医学に精力的に取り組まれ、本年2月には先生の研究成果の一端が「過労がまねく細胞の“過労死”」として、マスコミで取り上げられた。研究活動、学会活動にお忙しい中、木山先生にお話を伺いました。

プロフィール

1984年
大阪大学大学院医学系研究科修士課程修了
1986年
大阪大学医学部助手(神経解剖学)
1991年
大阪大学医学部助教授(解剖学・神経解剖学)
1997年
旭川医科大学医学部教授(解剖学)
2001年
現職

専 門

神経解剖学、神経化学、疲労科学

先般NHK等マスコミで、先生のご研究の成果として脳下垂体細胞の変化と疲労の関係についての新しい発見が報じられ、大きな話題になっていました。まずこの辺りから先生のご研究の一端を、ご説明下さい。

 この研究は本学の21世紀COE「疲労を克服する」のもとに行っているもので、過度の疲労が継続したときに、生体では何が起こっているかを調べたものです。従来、過労時に生体の細胞に何が起こっているかはあまりよくわかっていませんでした。そこで、渡辺教授らのグループが開発されたラットの過労モデルを用い、神経系(脳)、内分泌系(下垂体や副腎など)、循環器系(心臓など)の臓器において、過労時に発現変化する遺伝子変化を解析しました。その結果、最も多くの遺伝子の発現変化が見られた臓器が脳下垂体でした。そこで、過労ラットの脳下垂体を免疫組織化学や電子顕微鏡を用いて詳細に解析した所、下垂体の中間葉という部分で、下垂体の細胞が崩壊していることを発見しました。また、この細胞死は疲労の蓄積に伴い脳下垂体の細胞が働きすぎて生じる、細胞の過労死であることも分りました。過労による生体の細胞死は、今までほとんど知られておりませんでしたので、「過労による細胞死」ということで、マスコミや多くの一般の方が興味を持たれたようです。

疲労に関する研究は、21世紀COE「疲労克服研究教育拠点」(平成16年~20年)研究の一環とのことですが、先生の損傷神経再生に関する研究の全容をお聞かせ下さい。 

 いま申し上げた疲労研究と並んで、私の研究グループの主要な研究テーマは、神経再生のメカニズムを解明し、損傷神経の再生や神経変性疾患の進行抑制への応用を目指すことです。手足等末梢神経は再生しますが、脳や脊髄の中枢神経は再生しにくいとされています。そこで、再生可能な末梢神経の損傷モデル動物を用いて、その再生現象の全貌の解明を目指して研究を行っております。この研究は1991年頃より始め15年以上も継続している課題です。時代の流れに沿って各種のゲノミクスやプロテオミクスのスクリーニングの手法を用い、今までに数多くの分子が神経損傷後に発現し、様々な機能を発揮していること明らかにしました。また、いくつかの新規遺伝子のクローニングも行っております。これらのスクリーニングで得られたパーツ(分子)を組み合わせてゆくことで、神経再生の様子が徐々に浮かび上がってきます。すなわち神経軸索損傷後には神経細胞を生存させようとする応答と、細胞死へ向かわせようとする応答がしのぎ合っており、このバランスがどちらに傾くかで、神経が生存できるかどうかが決まっていることが見えてきました。この応答と同時にあるいは少し遅れて、軸索再生を促進するための一連の応答が開始されることが分りました。ここでもやはり軸索再生を促進させるメカニズムと抑制させるメカニズムが拮抗します。特に軸索再生の見られない中枢神経系では、抑制メカニズムが勝ります。これをいかに克服するかが、最終的な回路修復を可能にすることにつながります。神経細胞の温存と軸索再生による回路修復あるいは代償回路の構築が、脳卒中や脊髄損傷などの障害やパーキンソンや筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患の治療法へつながってゆくと考えています。

脳や神経を守る薬剤・サプリメントの開発も夢ではないと思いますが、今後の研究開発の展開、応用についての抱負をお聞かせ下さい。

 脳や神経を守る薬剤あるいは再生を促進する薬剤の開発はなんとかしたいと研究を始めた当初から思っております。神経細胞保護のペプチドなどを以前特許申請しましたが、実際の臨床応用へはいくつもの山を超えなければなりません。これとは別に最近考えておりますことは、先にお話ししましたように、実際に損傷を受けた神経細胞が再生する過程では、実に多くの分子が相互作用をして再生へ向かわせます。このため、損傷刺激に応答して多くの遺伝子が同期して発現を開始します。したがって、このような複数の神経再生関連遺伝子の発現をまとめて制御しているメカニズムが生体にはあるに違いありません。いわば、神経再生の最初のスイッチを入れる遺伝子です。最近このような再生を起動する遺伝子スイッチの一部が分ってきました。このようなスイッチ(起動)分子の発現を制御できれば、効率よく神経を再生へ向かわせることができます。この辺りのメカニズムを応用し治療へとつなげてゆきたいと考えております。

先生はこれまでも特許出願、権利取得されるなど、大学における知財活動において非常に先進的ですが、今後の本学産学官連携活動に対する注文、期待等、お伺いします。

 大学の教員は、研究所や企業の研究者に比べて、教育や部局の運営にかかる委員会などの仕事のウエイトがかなり高く、特許申請やその周辺に使う時間がかぎられます。このため、手続きの簡素化、特許申請の弁理士の斡旋、代理業務がますます充実すれば良いと思っております。また、大学が本当に特許を取得・維持したいのなら、現状では難しいとは思いますが、申請予算や維持のための予算をもっと充実する必要があるでしょう。

インタビューを終えて

 21世紀初頭のヒトゲノム計画のサイエンスとネイチャーへの発表により、人間の遺伝子情報を支配するすべてのDNAが解明された。21世紀はポストゲノムの時代といわれ、これら遺伝子情報の成果を医薬品、医療の分野に活用せんとする研究、開発が盛んである。先生のご研究もこの先進的流れの中で、末梢神経から最終的には中枢神経の再生を目指した分子生物学的基礎研究から、神経再生や神経変性疾患の進行抑制に効果的な、いわば脳や神経を守る医薬品や医療技術の開発に結実するものと期待が膨らむインタビューでした。

文部科学省産学官連携コーディネーター 間 健一