新しい化学を切り拓く超分子の研究

(研究分野:物質分子系専攻(分子無機化学))
理学研究科・教授 築部 浩
2008.09.18

「化学の新領域を切り拓く分子のアップサイジング」と題して本年、日経サイエンス誌に大きく取り上げられました築部浩先生に、研究の内容について、化学のフロンティアとして大活躍中のお忙しい中、詳しいお話をお伺いしました。

プロフィール

1975年
大阪大学理学部高分子学科 卒業
1981年
京都大学大学院理学研究科 博士課程修了(理学博士)
1981年
岡山大学教養部 講師
1994年
岡山大学理学部 助教授
1995年
大阪市立大学理学部 教授(現職)

専 門

分子認識化学、機能化学、錯体化学、無機化学、生物有機化学

Molecular Chirality Award(モレキュラーキラリティ−賞)ご受賞おめでとうございます。まず、この賞の名前の由来と、今までどのような研究者の方が受賞されておられるかについてお伺いします・・・・

 「Molecular Chirality」を直訳しますと「分子の不斉」ですが、馴染みの薄い言葉かも知れません。でも、人間をはじめ生物界では日常的に「情報」の担い手としてこの「分子の不斉」が働いていますので、生命の神秘の謎解きやその応用に向けた科学技術の広い分野で注目を集めるキーワードの一つとなっています。アミノ酸のD−体とL−体が不斉な分子の代表例でしょうか。両者は我々の右手と左手の関係にしばしば例えられますが、右手と左手をいくらひっくり返しても重ね合わせることはできません。ただ一枚の鏡を右手と左手の間に置くと、ピッタリと同じ形になります。このような鏡面対称の関係を持った不斉な分子や金属錯体、そして超分子が生物界では不思議な機能を発揮しています。高校の生物の教科書にも出てくるタンパク質は、不斉なアミノ酸が数100ケ以上もつながって高分子になったものですが、L−アミノ酸からできたタンパクは右巻きのらせん構造を、D−アミノ酸からできたタンパクは左巻きのらせん構造を作ります。これら高分子のいくつもがさらに階層的に集まった「不斉な超分子系」が、神秘的とも思える生体機能を発現する例が多数知られています。どんなアミノ酸がどんな順に繋がっているかだけではなく、たくさんのアミノ酸がどうように不斉な構造を積み重ねているかも重要なのです。

 Molecular Chirality Awardは、不斉な分子や高分子、さらに超分子について先進的な研究成果を上げた研究者や技術者に贈られる賞で、化学から薬医学などにまたがる広い領域の大学研究者や企業技術者を対象としています。1999年以降の受賞者の所属を紹介しますと、東大院薬、名大院工、九大院理、東北大多元研、阪大院工、シカゴ大、東大院総、京大院理、名大院工の研究者や、ダイセル化学工業、日本分光の技術者が受賞されています。また2006年度にはノーベル化学賞受賞者の野依理化学研究所理事長にも特別賞が贈られています。私は、「錯体化学を基盤とする不斉超分子系の構築」に関する研究で、名誉あるこの賞を幸いにも戴くことができました。対掌体(手の掌)をイメージしたブロンズ像を副賞として頂き、研究室のメンバーとともに喜びを分ち合いました。

 

では、受賞テーマである「錯体化学を基盤とする不斉超分子系の構築」についてお伺いします。ごくごく簡単に説明ください―

 私の研究室では、無機化学(機能性金属錯体)、有機化学(不斉化合物)、分析化学(センシング)、生化学(タンパク)などの学際フロンティアで、「分子」や「錯体」が主役を演じる分子認識化学を基盤とした超分子化学を主題としています。

 私達が注目しています金属錯体は、4本の手しか持たない炭素原子からなる有機分子では達成できない多彩な不斉構造を構築できるのに加えて、錯体配位子と金属中心との結合過程を、秒以下のオーダーから日や週のオーダーまで変化させることは可能で、不斉空間と時間スケールの両方を任意に制御できる可能性をもっています。先ほど、アミノ酸からタンパク、さらにタンパク超分子へと不斉構造の集積化が生物界では起こっているとお話しましたが、不斉構造を持った多彩な分子や金属錯体を合成して、これらを化学的な手法でナノスケールまで拡大したり、ナノ科学の手法で秩序正しく配列させて、「不斉超分子系」を構築する研究に没頭しています。

 

先生の研究をさらに詳しく、かつ分りやすく、教えてくださいー

 一言で表現しますと、分子や金属錯体のアップサイジングと、不斉情報の集積化を通じて、生体系を超えた、あるいは生体系にはない新たな超分子機能を発現させることを目指しています。ナノサイズをもつ巨大な秩序構造を分子レベルから精密に作り上げることは依然として困難ですが、すでに生命現象の基盤となる分子認識に注目して、特定の標的イオンや分子にのみ応答するセンシング系や触媒系の開発に成功を収めて来ました。最近では標的もタンパクや細胞などまでアップサイジングしつつあります。ここまで来ると、普通の大きさをもつ化合物や、分子量の異なる「混合物」を扱う従来型高分子では不十分で、1万から2万という範囲で分子量がきちっと定まった単一の分子を合成することになりました。これらナノスケールをもつ有機マトリックス中に特徴ある金属中心を複合させた超分子金属錯体は、興味溢れる機能を発揮できるので、いろいろな分野への応用に容易に演繹することができます。特に、長寿命発光を示す希土類中心を含む超分子系は、発光センシングやバイオイメージングなどさまざな応用がなされるものと期待しています。

先生のご研究分野と産業界との関わりについてお伺い致しますー

 言うまでもなく化学が世界の産業の礎を築いてきたわけですが、ここ数十年はバイオとITの部門での基礎科学と産業との係わりが深まってきています。私達の関係する化学分野では、特に基礎研究と実用研究とのバリアーが低くなってきていると感じています。ここ数年に限っても、私達の論文や学会発表をご覧頂いた企業の方々からのアプローチが急増しています。また研究室には、民間企業から社会人入学制度などを用いて博士号の取得を目指される方も現れ、学生さんにもよい影響を与えてくれています。優れた中小企業や先進的な企業がひしめく大阪の魅力と化学との新しい分野を、様々な形でエンジョイしていただければと願っています。ご興味をお持ちの際には、研究室のホームページ http://www.sci.osaka-cu.jp/chem/func/func.j.htmlを見ていただき、研究室にもお出かけ下さい。いつでも歓迎いたします。

最後に、本学の産学官連携活動に対する注文、期待等、お伺いします。

 企業と大学教員の個々のレベルでの共同研究の推進とともに、大学と企業との包括的な連携プログラムを強力に押し進めることが、本学での緊急の課題ではと思います。他大学が、その特徴を活かした産学官連携活動を形として示している現状を見ますと、本学が立ち後れている感を持たざるを得ません。従来からの宿題が依然残されている状況下でも、大阪市立大学が、潜在する研究力を掘り起こし、社会に還元することを一つずつ進めていくことに、私達も参画できればと願っています。

インタビューを終えて

 築部先生は、優しさの中にも研究者としての厳しさと、オリジナリティー豊かな学究の徒としてのかおを併せもつ、素晴らしい方でした。先生は、学生の時に大阪大学から京都大学へ移られて、化学会の重鎮の一人、故丸山和博先生の薫陶を受けられました。「不思議だネ」と恩師に言わせる研究をと研鑽を積まれたそうです。その結果、大阪市立大学発の「オンリーワン研究」を進展されていますが、今後も大きな研究成果を上げられるとともに、本学から優秀な研究者を続々と世に送り出して頂きたいと願っています。

文部科学省産学官連携コーディネーター 中島 宏