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ES細胞を用いた宇宙環境が哺乳動物細胞に及ぼす影響の研究

大阪市立大学大学院医学研究科の森田隆教授のグループは、国際宇宙ステーション(ISS)にマウスの万能細胞の一種である胚性幹細胞(ES細胞;Embryonic Stem cell)を打ち上げて長期間冷凍保存し、その後、地上に戻してDNA切断や染色体異常、発生能力などを解析し宇宙環境の哺乳動物細胞への影響を調べる。
人類の長期的な宇宙滞在による影響を検討する基礎データを得るとともに生体に備わるDNA修復遺伝子の機能について明らかにする。本実験に用いられるマウスES細胞は、本年3月上旬 Space X-II号機で打ち上げの予定である。

研究の背景

宇宙飛行士が宇宙で長時間滞在し活動するようになりましたが、宇宙は微小重力状態であると同時に放射線を多く受ける環境でもあります。宇宙放射線は低線量ですが、重粒子線など生物影響の大きい放射線を含むため、ISS内や月面、さらに火星探査など、より長期間人類が、宇宙に滞在するには人体への影響を予測し防御法を考えなければなりません。

研究の概要

ES細胞を用いた宇宙環境が哺乳動物細胞に及ぼす影響の研究01

研究代表者らは、宇宙放射線の哺乳動物細胞への影響を調べるために万能細胞の一つであるマウスES細胞を凍結状態でスペースX社のドラゴンII号機によりISSに打上げ、軌道上の冷凍庫(MELFI,-95℃)に長期間保存します。約6ヶ月、1年、1.5年、2年、3年後、ES細胞を地上へ回収し、細胞の生存率、DNAの二重鎖切断、染色体異常などを調べます。さらにES細胞を受精卵に導入してマウス個体に発生させ、哺乳動物細胞に対する宇宙放射線の影響を総合的に解析する予定です。

研究内容

ES細胞を用いた宇宙環境が哺乳動物細胞に及ぼす影響の研究02

(1) 細胞生存率の解析
宇宙環境で保存したマウスES細胞を地上で培養し、その増殖を調べます。宇宙放射線には陽子や鉄、炭素などがイオン化した重粒子線などが含まれています。とくに重粒子線は細胞に対する傷害が大きいことが知られています。

右の図は、地上で放射線医学総合研究所の重粒子線がん治療装置を用いて放射線の影響を調べたものです(HIMAC共同利用研究による)。鉄イオンに対する影響が大きいことがわかります。宇宙放射線はこのような粒子線が多種混在しているので、地上ではその実態を再現することは困難で宇宙での実験が必要です。

(2)染色体異常の解析
宇宙放射線に限らず、すべての放射線は遺伝子の本体であるDNA二重鎖を切断する作用があります。そのため、染色体の断裂や組換えにより異常な染色体を生じ、細胞の機能低下やがん化などにつながります。とくに宇宙放射線に含まれる重粒子線は、DNAに複雑な切断をあたえることが考えられ、それにともなう染色体異常の発生がどのように起こるかES細胞を用いて解析します。マウスES細胞は正常な染色体をもつ数少ない細胞株であり、正確な解析が期待されます。

ES細胞を用いた宇宙環境が哺乳動物細胞に及ぼす影響の研究03

左の図は、マウスES細胞の染色体をFISHと呼ばれる方法で染色したものです。第1番染色体を緑で、第2番染色体を赤で示しています。正常な核では第1と第2染色体が一対ずつみられますが、右の写真では、第2染色体が切断し、別の染色体に転座していることがわかります(矢印)。宇宙実験では、このような染色体の異常を解析します。




(3) 初期発生への影響の解析
マウスES細胞は、発生初期の胚細胞に似てさまざまな細胞に分化する能力を持っています。そこで、宇宙で保存したES細胞を別の受精卵にマイクロインジェクションなどの方法で導入するとES細胞を多く含んだ胚が胚盤胞と呼ばれる段階まで発生する様子がIn vitro(試験管内)検査で下の図のように追跡できます。注入したES細胞はGFPとよばれる緑色のタンパクを人為的に発現させることで、区別できます。このような方法により、着床前の初期胚の発生に対する宇宙放射線の影響を調べます。

ES細胞を用いた宇宙環境が哺乳動物細胞に及ぼす影響の研究04

(4) ES細胞由来マウスの誕生
マイクロインジェクションにより作製した胚は偽妊娠と呼ばれる受精はしていないが妊娠可能なマウスの子宮に移植することにより着床し、器官形成を経て、マウスとして誕生することになります。これらの過程についても追跡し調べる予定です。

(5) DNA修復遺伝子を欠損したES細胞の解析

ES細胞を用いた宇宙環境が哺乳動物細胞に及ぼす影響の研究05

細胞には、放射線などによるDNA損傷を修復機能があります。例えば、ヒストンH2AXとよばれる遺伝子は、DNAの切断の初期の修復にかかわる遺伝子ですが、この遺伝子を欠損させたES細胞では、放射線による染色体異常が右の図のように高くなることがわかります。今回ヒストンH2AX遺伝子を欠損したES細胞も打ち上げ、低線量の放射線での影響を調べるとともに、生物に本来備わっているDNA修復遺伝子の宇宙環境における働きを明らかにできると考えています。このように遺伝子を欠損させた細胞を作ることもES細胞など万能細胞にしかできないことです。

今後の展開

  1. 今回は、発生などの実験が可能なマウスES細胞を打ち上げて解析しますが、今後はヒトES細胞、あるいはヒトiPS細胞を用いて放射線とヒトの染色体異常の関係を詳細に解析し、がん化との関連などを検討する予定です。
  2. 万能細胞を用いた方法は、放射線だけでなく、現在問題となっている環境中に存在する化学物質や食品添加物などDNAを切断することにより発がん性や有害性をもたらすものがあり、それらのリスク評価にも応用できると考え、その開発を行っています。
  3. DNA修復遺伝子の機能が明らかになれば、それらの遺伝子を活性化することにより宇宙放射線などに対する抵抗性を獲得する方法が考えられます。それとは全く逆に、がん細胞において、修復遺伝子の機能を抑制することにより、放射線治療や抗がん剤の増感作用を引き出し、低線量、低用量で治療ができるようになる研究やがんの重粒子線治療の基礎研究に展開することも可能です。

代表研究者

森田 隆(もりた たかし)
大阪市立大学大学院医学研究科遺伝子制御学・教授

共同研究者

・吉田 佳世(よしだ かよ)
大阪市立大学大学院医学研究科遺伝子制御学・准教授

・江口(えぐち)-笠井 清美(かさい きよみ)
放射線医学総合研究所・研究基盤センター人材育成室長

・白川 正輝(しらかわ まさき)
宇宙航空研究開発機構・宇宙環境利用センター生命科学ミッション推進

・Francis. A. Cucinotta
NASA (National Aeronautics and Space Administration) Johnson Space Center・Chief Scientist 

・秦 恵(はだ めぐみ)(Megumi Hada)
USRA (Universities Space Research Association) ・ Division of Space Life Science・ Research Scientist

用語の説明

ES細胞
胚性幹細胞(Embryonic stem cells)は、哺乳動物の初期胚を培養することによりできた幹細胞株で、すべての組織に分化する分化多能性をもつ。相同組換えによる遺伝子の欠失や改変が可能な細胞で、受精卵に導入することで個体に発生させることができることがから、遺伝子改変動物の作製に利用され、多くの疾患モデルマウスの作出により医学研究に貢献している。iPS細胞はすでに分化した細胞に、人工的に4つの遺伝子を導入して作製したES細胞と同等な性質を持つ細胞のことである。

宇宙放射線
宇宙環境に存在する電離放射線であり、その起源から、太陽系外から飛来する銀河宇宙線、太陽表面の爆発に伴って起こる太陽粒子現象、地球磁場に補足された荷電粒子からなる放射線帯粒子に分けられる。それらは、X 線やガンマ線等の電磁波の他、陽子線、中性子線、電子線、アルファ線、重粒子等の粒子線からなる。

DNA修復遺伝子
DNAの化学物質、紫外線、放射線などによる損傷を修復遺伝子が生体に存在する。なかでも放射線によるDNA二重鎖切断は、非相同末端結合というDNA末端を処理して結合する方法や損傷を受けていないDNAをコピーして切断された部分を回復する相同組換え修復の方法により修復される。このような遺伝子は環境からDNAを守るとともに、生殖細胞の形成において、遺伝子の多様性創出にも関与している。

ES細胞を用いた宇宙環境が哺乳動物細胞に及ぼす影響の研究06

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宇宙航空研究開発機構(JAXA)のページ