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摘出困難な脳腫瘍に対して、より簡便な手術方法を確立 (記者発表)

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大阪市立大学医学研究科 脳神経外科学の大畑建治教授等のグループは、脳深部に発生する良性脳腫瘍に対する高難度な手術方法をより簡便化するための手法を確立しました。対象となっているのは頭蓋咽頭腫といわれる脳腫瘍で、視神経や脳深部の重要な血管を巻き込みながら発育する特徴があり、脳腫瘍の中でも摘出が最も難しい腫瘍です。今回確立された方法は、頭蓋咽頭腫の中でもさらに切除が難しい、大きくて複雑な形状の頭蓋咽頭腫に対する手術方法で、耳の後ろの骨(錐体骨)を削除して切除する方法(経錐体法)です。この方法は難易度が極めて高いため開発者である大阪市立大学以外では、ハーバード大学でしか行われていませんでした。今回、大畑教授らは30年にわたる経験を下に、経錐体法を簡便化することに成功し、10年間で再発のない生存率86.5%の好成績をおさめることができました。
その結果を研究論文として発表することにより、この手術手法が国内外で普及し、多くの患者さんが救われることを目ざします。

研究の背景

良性脳腫瘍とその治療

“良性腫瘍は、患者のQOLの低下を来さず、命にも影響を及ぼさない”と一般的には信じられています。なぜならば、“良性”であるために、転移することはなく、大きくなっても生活機能には影響が少なく、大きくても手術により安全に取り除くことができるからです。しかし、脳腫瘍では状況は一変します。発生する部位によっては、大きくなるに従って手足の麻痺、言葉の障害、視力の低下、認知機能の低下等々が生じ、仕事ができなくなったり、寝たきりになったりします。これらの良性脳腫瘍の多くは、頭蓋底面の脳の底に発生するために脳に覆われています。したがって、手術では脳や神経、血管を傷つける危険があり、手術により合併症が発生するリスクがあります。したがって、全摘出で完治させることが分かっていても、合併症のリスクを回避するために部分的に腫瘍を残存させざるを得ないことがしばしばです。良性脳腫瘍の代表として、髄膜腫、神経鞘腫、下垂体腺腫、頭蓋咽頭腫などがありますが、これらの良性脳腫瘍の中でもっとも外科切除が困難な腫瘍が頭蓋咽頭腫です。

頭蓋咽頭腫とその治療

20131116_02.png良性脳腫瘍全般は成人になって発生しますが、頭蓋咽頭腫は小児から成人、老人にまで発生します。頭蓋咽頭腫は良性腫瘍にも関わらず,全摘出できなければ高率に再発する腫瘍です。しかし,この腫瘍は内頸動脈などからなる動脈輪の内側に発生し、前方は視神経、後方は脳幹部、上方は視床下部に囲まれ、これらに癒着しながら大きくなります。視床下部は哺乳動物にとって極めて重要な構造物であり、体温の調整、ホルモンの分泌、睡眠のリズム、電解質管理、記憶などを担います。これらの重要な構造の狭い隙間から、周囲と癒着しながら発育する頭蓋咽頭腫の切除は、脳神経外科の手術の中でも最高難度です。腫瘍を取り囲む視神経や内頸動脈などの裏にある腫瘍を無理に切除しようとすると、視力低下、失明、血管の破裂などを生じ、重篤な合併症を来します。20131116_03.pngベテランの脳神経外科医でも全摘は躊躇します。このリスクを回避するために遠慮気味な切除となり、正中部に腫瘍がしばしば残存します。残存した部位に放射線治療を行おうとしても、放射線に最も脆弱な視神経に近接しているために放射線の線量は十分ではなく、長期的には高い割合で再発します。

脳神経外科手術の発展

良性腫瘍の基本的な治療は、手術による摘出です。放射線治療、脳科学が発展するように外科治療も発展することが望まれます。頭蓋咽頭腫のような良性腫瘍に対しても全摘出が可能となる手術方法の発展が期待されてきました。
上記のように良性脳腫瘍は脳底面に発生する傾向があるために、脳を持ち上げながら切除することが必要です。全摘出のためには脳をできるだけ持ち上げて広く露出することになりますが、過度に持ち上げれば脳挫傷が生じます。この課題の克服のために開発された方法が頭蓋底外科です。この頭蓋底外科とは、脳底部の頭蓋骨を削除することによって脳の挙上を最小限にする方法です。この頭蓋底外科は、1970年台に日本をトップランナーとし世界同時発生的に始まり、経錐体法(耳の奥にある錐体骨を削除する方法)、経眼窩頬骨合併到達法(目の周囲の骨を削除する方法)などが世界的に広がりました。今では、この2つは世界中のすべての脳神経外科医が知る方法です。当教室では、世界に先駆けて経錐体法を1977年に報告し、脳神経外科の世界に影響を及ぼしてきました。また経眼窩骨到達法は英語でorbito-zygomatic approach(略称OZ)といいますが、これも当教室で1986年に発表した論文から名付けられました。

頭蓋咽頭腫の手術の発展

20131116_04.png頭蓋咽頭腫に対しても、頭蓋底手術による方法が発展してきています。その代表的なものに経蝶形骨洞法(顕微鏡下または内視鏡下)、前頭蓋底到達法、経眼窩頬骨到達法があります。しかしこれらの方法でも、狭い視野のために大きな腫瘍や後方に進展する例、石灰化を伴う硬い腫瘍は取ることができませんでした。そこで当教室では1985年に経錐体法による頭蓋咽頭腫の切除方法を開発し報告しました。経錐体法は腫瘍に対して、後側方から到達する方法で、視神経や内頸動脈の後方から病変を露出することができ、一旦腫瘍が露出されれば広い視野を得ることができます。しかし、腫瘍の近辺に至るための外科解剖は錐体骨を削除しながら経由するために煩雑です。このため、この方法は、当時世界の脳神経外科医の権威であるPaul Bucy教授(元アメリカ神経学会会長)により「この方法は大変難しく、手術に精通していなければならない。万全の体制で望むならいい結果をもたらすかもしれないが、重篤な合併症をも生じうる」と批評されました。その後、この方法は当教室と経錐体法を当教室で学んだAl-Mefty教授(現ハーバード大学教授)により継続され、2007年にAl-Mefty教授によりその秀逸性が報告されました。Al-Mefty教授は現在では脳神経外科の世界的権威です。これらの報告を受けて、手技が高度であるものの、従来の手術方法に限界を感じた脳神経外科医によって散発的に日本内外でこの方法が行われてきました(学会レベルでの発表)。しかし、まとまった報告はなく、手術手技と長期治療成績について確立されるには至っていませんでした。

頭蓋咽頭腫の当教室での患者背景

日本国内では原発性脳腫瘍は年間15,000人の患者さんに見つかり、その内の0.4%約700人が頭蓋咽頭腫です。当教室では1999年から2011年の間に62例の頭蓋咽頭腫を手術しましたが、なんとその内、25例(40%)は再発後の紹介であり、さらにそのうちの12例(50%)は放射線治療後の再発でした。その中には、6歳の時に治療を受け、4回の腫瘍切除、4回の放射線治療を受け、徐々に視力低下と認知能の低下をきたし、10年以上にわたって患者さんとご家族に過酷な状況をしいている例もありました。このような状況を経験する度に、全摘出を可能とする手術方法の開発の必要性が痛感されました。Bucy教授の助言をもとに、安全に行える経錐体法の確立のために20年の歳月を重ねました。

研究手法と成果

対象

頭蓋咽頭腫の中で視交叉後方部は全摘出が特に困難な疾患とされ,さらに,大きな腫瘍、石灰化、再発例、第3脳室や後頭蓋窩への伸展があるとさらに全摘出が困難とされています。今回の対象症例は、1999 年〜2011 年に視交叉後方部頭蓋咽頭腫を経錐体到達法で摘出した 16 例で、16例全例,摘出を困難にする上記の要因を2つ以上含んでいます。腫瘍摘出度、合併症、視機能、内分泌(ホルモン)学的評価、高次脳機能評価,長期の腫瘍制御率を検討しました。

手術方法

20131116_05.png1985年に当教室から論文発表した経錐体法を簡便化した方法で行いました。すなわち、錐体骨の切除は外側のみとし、開頭範囲も狭く、開頭時に露出されるS状静脈洞(耳の後ろを走行する太い脳静脈)は剥離子で直接骨より分離し、頭蓋底外科の術後の合併症である脳脊髄液漏を予防するために胸鎖乳突筋弁(耳の後ろにある筋肉)を剥離し、腫瘍摘出後に削除した錐体骨の上面を覆います。錐体骨の辺縁に沿って骨を削除し、三半器管(平衡機能の器管)の部分切除を行います。そして、天幕(大脳と小脳を分ける膜)を切開し、三叉神経(顔面の知覚の神経)と滑車神経(眼球を内側下方に動かす神経)を剥離します。脳深部に入ったところで後交通動脈が低形成なら切断し(このため左右のうち低形成の側から到達する)、動眼神経(瞼を持ち上げ、眼球を動かす神経)の上下から腫瘍を剥離します。

結果

20131116_06.png15 例(93.8%)で腫瘍はほぼ全摘出されました。術前に視力異常のみられた 14 例中 13 例(92.9%)で視力は改善しました。12 例では、術前よりホルモン補充療法(ステロイドホルモン、甲状腺ホルモン、性ホルモン等の投与)が行われていましたが、術後に新たなホルモン異常は2例(12.5%)にのみ生じました。高次脳機能評価は 14 例(87.5%)で維持され、1例(6.3%)で改善しました。5年・10 年間無再発率は、いずれも86.5% でした。

まとめ

今回の我々の対象は困難例のみを集めた結果であり、その中で86.5%の無再発率は高く評価されるべきであると考えます。本法では、従来の方法と異なり、腫瘍を後下方から到達することで広く腫瘍を露出できるため、視神経や内頸動脈などの重要な構造物を損傷することなく腫瘍を摘出することができました。その結果,腫瘍摘出度を高めることができ,それによって長期の腫瘍制御も良好な結果を得られることができています。また,視交叉や視床下部を直視下に剥離することで,視機能を改善させ,高次脳機能も温存させることができました。また、合併症発生率も軽微となっています。視交叉後方部頭蓋咽頭腫の特に摘出が困難な症例に対して、この手術法を選択し治療を行ったことにより、本手術の有効性を示しました。この研究は、視交叉後方部頭蓋咽頭腫に対する経錐体法の手術成績を明らかにした最初の報告となります。

今後の展開

この手術方法を普及させることにより、日本国内・外の頭蓋咽頭腫の治療成績を向上させることが期待されます。この普及には、手術見学、手術講習会、3次元画像を用いた講演などの教育活動が不可欠です。当教室では関連学会や団体等の承認を得てご遺体を用いた手術講習会を行っています。経錐体法の普及活動に専念し、本疾患で苦しむ患者さんを救う一助にできるように努力していきます。さらに、最難関の手術を克服することは、それ以外の良性脳腫瘍に対する治療戦略の改革にも影響を与えるものと信じています。

発表雑誌

Journal of Neurosurgery

論文名

Surgical outcomes of the minimum anterior and posterior combined transpetrosalapproach for resection of retrochiasmatic craniopharyngiomas with complicated conditions 「視交叉後方部頭蓋咽頭腫の手術困難例に対する低侵襲的な合併経錐体到達法手術」 米国東部時間 11月15日(金)午前10時 電子版で公開されました。

著者

大畑建治、国廣誉世、石橋謙一、後藤剛夫
※この研究発表は下記のメディアで紹介されました
 NHKニュース「おはよう日本」「ウィークエンド関西」・日本経済新聞・産経新聞・
 
読売新聞・朝日新聞デジタル・産経ニュースWEST 他多数

研究内容に関するお問合せ先

公立大学法人大阪市立大学医学研究科
教授 大畑 建治
電話: 06-6645-3846
E-mail: kohata@med.osaka-cu.ac.jp