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~生殖隔離から新しい種の創造へ~ 酵母の性フェロモンと受容体の協調的な改変を実現

プレスリリースはこちら

150324.JPGこの研究発表は下記のメディアで紹介されました。 <(夕)は夕刊 ※はWeb版>
◆3/24 産経新聞(夕)、信濃毎日新聞 、神戸新聞(夕)、時事通信社※
◆3/26 財経新聞※
◆7/2   朝日新聞、The Scientist※

概 要

 「新しい生物種がどのようにしてできるのか?」はダーウィン以来の進化生物学の謎でした。今回、大阪市立大学大学院理学研究科 酵母遺伝資源センター 下田 親(しもだ ちかし)特任教授(名誉教授)らのグループは、最先端のモデル生物である分裂酵母を用いて、酵母における生殖行動を制御する性フェロモンとその受容体を遺伝子操作により協調的に改変し、酵母の新しい生殖群を作り出すことに成功しました。
 遺伝子操作により生み出された“人為的な生殖群”と“自然生殖群”を混合したところ、異なる生殖群の間では交配が起こらず遺伝子交換がまったく見られないことから、遺伝子交換のない2つの生殖群は、生物学上は“異なる種”と見なされます。従って、自然群から生殖隔離された新規生殖群は人工的に創出された新しい種であると結論づけることができます。現時点で、人工的な生物種の創出は酵母以外の生物でも報告はなく、この研究は世界初の成果であると言えます。この成功により性フェロモンなどの雌雄の識別機構の遺伝的な変化が自然界でも生殖隔離を引き起こし、新しい種の出現に結びつくことが強く示唆されました。本論文は、今後の進化学研究の方向を示す重要な道標になるものと評価されます。
 この研究成果は、日本時間 平成27年3月24日(火)に米国科学アカデミー紀要 (Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America; PNAS) のオンライン版に掲載されます。

【発表雑誌】
 Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of
 America (PNAS) 米国科学アカデミー紀要
【論 文 名】
 Molecular coevolution of a sex pheromone and its receptor triggers
 reproductive isolation in Schizosaccharomyces pombe.
 「分裂酵母での性フェロモンとその受容体の分子共進化は生殖隔離を引き起こす」
【著  者】
 Taisuke Seike, Taro Nakamura, Chikashi Shimoda
【掲載URL】
 http://www.pnas.org/

研究の背景

 我々が目にする種々雑多な動植物の種類は“種(しゅ)”と呼ばれます。現在、地球上にはおよそ数千万の種が生息していると推定されています。進化の過程で一つの種から異なる種が分岐して新しい種になります。種ができる原因の一つは生殖隔離(大多数の仲間との生殖が不能になった少数者の生殖グループが分かれてくること)です。多くの動物では、体外に性フェロモンを分泌して異性に存在を知らせます。性フェロモンは異性の感覚器官にある受容体に受け取られます。このフェロモンと受容体との分子適合性は厳格で、ある種のフェロモンは異なる種の異性には働きません。フェロモンの構造が偶然に変化することが生殖隔離の原因となり、種が分かれる原動力のひとつだと推定されてきましたが、長い間、仮説の域を出ませんでした。
 酵母は大腸菌とともに最もよく研究されている微生物で、核を持つ生物では最も早く全ゲノム配列が解明され、多様な遺伝的解析が可能な優れたモデル生物として、様々な研究に用いられてきました。細胞分裂の制御機構の解明で、2001年に二人の酵母研究者がノーベル賞を受賞したことはよく知られています。
 酵母にもオスとメスがあり、性フェロモンを分泌します。分裂酵母の性フェロモンは9個のアミノ酸が一列につながったペプチドで、その構造は遺伝子により決まっています。また、酵母の性フェロモンを受け取る受容体の遺伝子も明らかになっています。よって、分裂酵母は精密な遺伝子操作が可能で、実験室でフェロモンと受容体の遺伝子を大規模かつ網羅的に改変することができるので、性フェロモン系を改変して生殖隔離が起こるかを証明することが可能なのではないかと考えました。

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【図1】異なる性の細胞AとBが分泌した性フェロモンに反応して、それぞれ相手を求めて伸びて行き、*のところで接触し、やがて融合する。

【図2】性行動中の分裂酵母たち:オスとメスの細胞は異性を見つけて融合し(右下)、4つの子孫細胞を作る。この性行動にはフェロモンによる刺激が必要

本研究の概略

 まず、分裂酵母の性フェロモンの構造を1アミノ酸単位で網羅的に改変し、正常な異性には感受されない35種の不活性型のフェロモンを作りました(2012年にGenetics誌に発表)。今回、受容体の遺伝子にランダムに変異を導入し、偶然、不活性型フェロモンを受容できるようになった受容体を合計60万個の変異個体から探しだし、どのアミノ酸が変わったのかを調べました。キーになるアミノ酸部位には網羅的に変異を入れ、変異フェロモンと変異受容体の組み合わせを精査して、高い交配頻度を示すものを作出することに成功しました。
 このようにして人為的に作成した生殖能をもつフェロモン/受容体の変異型個体が、正常なオス、メスの個体と交配できないことを確認しました。さらに、変異型のオスとメス、正常なオスとメスの4つの個体に、それぞれ異なる目印になる遺伝子をつけて混合して生殖を行わせた結果、正常型と変異型の異性間では高頻度で目印の遺伝子のかき混ぜが起こったのに、両生殖グループの間では遺伝子の交換はまったく起こらないことを証明しました。

本研究の波及効果

 今回、酵母を用いて種分化が実験室で実現できたことは、今後の種分化機構の研究に大きなインパクトを与え、遺伝子操作が可能な昆虫を用いた同様の研究に火をつける効果が予想されます。また、こうした基礎生物学への貢献だけでなく、医学方面への波及効果も予想されます。インスリンなどのペプチドホルモンを受け取る受容体はヒトでも多数存在しており、その基本構造は酵母のフェロモン受容体とまったく同じです。今回、多数の変異型ペプチドと、それを受容できるようになった変異型受容体の組み合わせ情報を得ることができました。この情報は、ペプチドホルモンの作用を増強したり抑制したりする薬剤の開発にも役立つことが期待されます。
 現在既に、タンパク質構造生物学者との共同研究を始めており、受容体がペプチドホルモンを認識する仕組みについて、更に詳細な知見が得られるのではないかと期待しています。

研究発表の詳しい資料はこちらから