公立大学法人大阪市立大学
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本物の真皮に近い 新しい培養真皮を開発しました

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この研究発表は下記のメディアで紹介されました。

◆7/11 化学工業日報

 大阪市立大学(大阪市住吉区、学長:荒川哲男)大学院医学研究科 合成生物学講座の吉里勝利(よしざと かつとし)特任教授らのグループは、日本メナード化粧品株式会社(本社:愛知県名古屋市、社長:野々川純一)との共同研究において、新しい概念に基づいて新規性の高い“培養真皮”を開発しました。この研究成果は、2017年6月28日に国際学術誌Biochimica et Biophysica Acta (BBA) - General Subjectsにオンライン掲載されました。

 雑誌名:Biochimica et Biophysica Acta (BBA) - General Subjects
 論文名:Interstitial fluid flow-induced growth potential and hyaluronan synthesis of fibroblasts in a fibroblast-populated stretched collagen gel culture
 著 者:Natsumi Saitoa, Hiroaki Adachi, Hiroshi Tanaka, Satoru Nakata,
               Norifumi Kawada, Ken Oofusa, Katsutoshi Yoshizato
 掲載URL: http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0304416517302052

研究の背景

 体は多数個の細胞から作られています。ヒトなど哺乳類の体には200種類以上の細胞が存在し、同じような性質ごとに集まって器官を作っています。したがって、体や器官の働きとその仕組みを知って理解するためには細胞の性質を知ることが必要となります。ヒトの体の組織や器官(以下、器官と呼ぶ)を細胞培養法によってシャーレの中に人工的に作ったものを、“培養器官(organ in a dish: 培養皿の中の器官)”と呼びます。この培養器官を使えば、ヒトの器官の基本的な性質を分析的に調べることが可能になるばかりでなく、ヒト器官の代替物として利用し、薬の開発を行い、また、障害を受けた器官を治療することもできます。本物のヒト器官を研究対象とすることはできないため、多くの研究者が本物により近い培養器官を作成する技術の開発に熱心に取り組んでいます。これまでの研究開発は、細胞を立体的(三次元的)に配置したものを栄養や酸素を含んだ培養液の中で維持して性質を調べ、どの程度本物の器官に似ているかを判断するという方法論で行われてきました。

 170711-1栄養と酸素は、動脈を流れる血液に含まれています。この血液は、血管の壁を通過して組織液(間質液とも呼ばれる)となり組織の細胞を浸します(図1)。つまり細胞は血液からではなく組織液から栄養と酸素を取り入れ、細胞の代謝によって生じたタンパク質などの老廃物や炭酸ガスなどの代謝産物を組織液に排出しています。その後、老廃物は主としてリンパ管に、そして炭酸ガスは静脈に運ばれていきます。このように、細胞は組織液の“流れ”に晒されているということになります。すなわち、組織液は細胞に栄養や酸素を供給するだけでなく、“流れ”という機械的(物理的)刺激を与えているので、機械的刺激の発信源でもあるということになります。

 しかしながら、この“流れ”の刺激に注目して、この刺激が細胞の性質をどのように変化させるのか、またその変化によって、人工的に作成した細胞が本物に“より近い”性質を持つようになるのかについて調べた研究は少なく、不明な点が多々ありました。前述したように、従来から行われている方法の多くは細胞を立体的(三次元的)に配置したものを栄養や酸素を含んだ培養液の中で維持しており、本物の器官との差が課題となっていました。
  このような研究背景のもと、私達は本物に近い真皮を培養皿の中に再現すべく、組織液の流れ刺激を受けることができる「培養真皮」(還流培養真皮)を作成する技術開発を行い、この真皮が流れ刺激にどのように反応するかを調べる研究を実施しました。

本研究内容および成果

 次の二つの目的をもつ研究を実施しました。

170711-2(1)還流培養真皮を作成する技術の開発
 真皮は、組織液がゆっくりと流れるコラーゲン線維などからできている基質(マトリックと呼ばれている)に線維芽細胞が埋まって生活している結合組織です。この状態を人工的に培養皿に再現するために、ヒト線維芽細胞をコラーゲンのゲル(コラーゲンの細い線維が寒天ゲルのようになっているもの)中に閉じ込めて培養しました。これをヒト線維芽細胞の“コラーゲンゲル3次元培養体(培養真皮)”(図2A)と呼びます。図2Bはその中での線維芽細胞とコラーゲン線維の配列状態を示しています。このゲルの底面中央に細い穴を開け、そこに注射筒ポンプに繋いだ細管を差し込み、そこから培養液(組織液に相当)を一定速度でゆっくりと送り込みました。この方法で、コラーゲンゲル中の細胞が絶えず流れる新鮮な組織液に浸っている状態を作り出すことができました(図3)。170711-2-3図3の赤い色素の広がりの時間変化が培養液の流れの様子を示しています。図3の①は培養皿を置いた試験管立て、②は培養皿を試験管立てに固定するための粘着テープ、③は培養液を送るチューブです。この方法で培養されているコラーゲンゲル体を「還流培養真皮」と呼びます。この培養真皮は、体の中の結合組織と同じ強さのテンション(張力)が掛かっていること、培養液が体の組織液と同じ位の速さで流れていることなど、本物の真皮に近い状態を再現しています。

(2)還流培養真皮の性質を調べる研究
 私達が開発した還流培養真皮に対して、培養液を流さずに培養する従来型の培養真皮である“静置培養真皮”(培養液を静置している培養真皮という意)も作成し、両者の性質を同時に比較しながら調べることによって、還流培養真皮の特徴を明らかにしました。還流培養真皮は静置培養真皮に比べて、コラーゲンゲルの水含量が著しく高くなり、ゲルが膨潤しました。また細胞の基本的性質である増殖能は培養液の流れの速度に依存して亢進しました。培養液の流れの方向にコラーゲン線維が配向し、細胞も流れの方向にその長軸方向を合わせていることも分かりました。種々の遺伝子の発現レベルを調べたところ、ヒアルロン酸合成遺伝子とマトリックス分解酵素遺伝子の発現が特に亢進していました。ゲル内のヒアルロン酸の量が目立って増加しており、細胞当たりのATP量も有意に増加していました。これらのことから、培養液の流れは“流れ刺激”として細胞に働きかけ、細胞を活性化させ、そのエネルギーレベル(ATP量)や分裂能を高め、ヒアルロン酸の合成とマトリックス分解の亢進によるマトリックスの再編成を促すものと考えられます。

まとめ

 本研究は真皮を例として取り上げ、真皮の主要細胞である線維芽細胞をその生体内環境により近い環境で培養する方法を開発することを目指したものです。最初に、真皮の主要な基質であるコラーゲン線維に生体を模してテンションをかけその3次元格子の中に真皮の主要細胞である線維芽細胞を閉じ込め培養する方法を開発し、次にこの培養体(培養真皮)に生体組織液と同じ速度で流れる培養液を還流させ、培養体をより一層生体環境に近づけました。その結果、生理的な流れ速度が線維芽細胞の増殖能を速度依存的に高めることを明らかにしました。また、流れ刺激は、線維芽細胞のヒアルロン酸合成を顕著に高めることも明らかにしました。流れ刺激はヒアルロン酸の量を調節することによって、細胞周辺の微視的環境を調節し線維芽細胞の増殖や機能を調節しているものと考えています。

今後の展望や研究予定

 本研究によって、生体真皮により近い性質を持った人工真皮を作成することに成功しました。今後、この培養人工皮膚は色々な生命科学分野に利用されるものと期待しています。例えば、化粧品の開発研究はこれまで主として動物実験で得られるデータを基に進められてきましたが、動物愛護の倫理意識の高まりによって既にヨーロッパでは動物実験による化粧品開発は禁止されています。培養真皮や、これにさらに表皮細胞を付加して作成できる“培養皮膚”は、動物実験に変わる化粧品開発の新しい道具となる可能性が高いでしょう。さらに、この研究の動機となった考え方や開発した手法は、真皮や皮膚ばかりでなく、例えば肝臓などの他の器官に応用可能だと考えます。将来的には、培養皿の中に“生きたヒトの肝臓(培養人工肝臓)”を作ることができるかもしれません。このような肝臓は、医薬品開発のツールとして、また、障害肝臓の治療ツールとして大きな貢献ができるものと期待されます。

本研究について

本研究は大阪市立大学の研究助成金及び株式会社フェニックスバイオの研究寄付金の支援を得て実施されました。なお、この研究で開発された技術は知的財産として特許化されています(特許第6047000号)。