公立大学法人大阪市立大学
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2010(平成22)年度入学式 式辞

平成22年4月5日

入学式写真

桜花爛漫、この4月の学期の始まりに際しての本日の晴れやかな日に、平成22年度大阪市立大学入学式に出席された学部学生1,553名、大学院学生808名の諸君、そしてこの日を長年にわたり心待ちにしてこられたご家族の皆さま、ご入学おめでとうございます。

ご多忙にも関わらずご出席いただいた大阪市長 平松邦夫様、大阪市立大学 学友会副会長である株式会社アシックス社長の尾山基様をはじめ関係各位のご臨席を賜り、平成22年度の入学式を挙行できますことは、本学にとりまして誇らしく、大きな喜びであり、教職員ならびに在学生とともに、諸君が本学の構成員となられたことを心より歓迎いたします。
この皆様の栄えある門出にあたり、私から一言お祝いを申し上げたいと存じます。

諸君が入学された大阪市立大学が公立大学法人化されたのは4年前、2006年4月です。この公立大学法人大阪市立大学の定款・学則の第1条に
「この公立大学法人は、優れた人材の育成と真理の探究という大学としての普遍的な使命を果たすとともに、人とその活動が集積する都市を学問創造の場としてとらえ、都市の諸問題に英知を結集して正面から取り組み、その成果を都市と市民に還元することにより、地域社会ひいては国際社会の発展に寄与することを目指す大学を設置し、および管理することを目的とする。」とされています。
この「都市を学問創造の場としてとらえ、都市の諸問題に英知を結集して正面から取り組み、その成果を都市と市民に還元する」という意味を十分にご理解いただくには本校の生い立ち、歴史を顧みなければならないと思います。

本日の皆様の入学の日にあたり、本学の歴史についてお話をしておきたいと思います。大阪市立大学は今年で創立130年を迎える長い歴史と伝統を持ち、市立の大学としては我が国で最も歴史が古く、公立大学として規模の最も大きな大学です。また、大阪市内に位置する唯一の総合大学でもあります。大阪市立大学が現在の総合大学となったのは、第2次世界大戦後の1949(昭和24)年のことであり、その淵源は大阪商業講習所の開所に遡ることができます。

1880年(明治13年)、明治維新からわずか10年余りの時代に、当時26歳の「大阪新報」編集主幹であった加藤正之助が、大阪に着任の4日目の「大阪新報」に「商法学校設けざるべからず」の記事を発表し、我が国の商業の中心として栄えている大阪に、なぜ商法学校がないのかと社会に問うたのです。そして、さらに、当時の西欧列強と対等な貿易を行い、激しい競争の中で日本という国が生き残り繁栄していくために、1日も早く商法学校を設立し、専門的人材を育成する責務があると主張したのです。
この先見の意見に、当時の「大阪財界のリーダー」であり、大阪商工会議所、大阪株式取引所(現代の大阪証券取引所)などを設立し、私財をなげうって多大の貢献があった五代友厚がこの意見を全面的に支持し、商業講習所創立の中心的役割を果たしました。また、大阪の豪商であった弱冠26歳の門田三郎兵衛など錚々たる若人が賛同し、多大の支援をしたのであります。これら当時の若人には大阪が従前の繁栄を将来に維持することができるのかという危惧があり、大阪の近代化に取り組まなければならないと決心し、行動を起こしたといえます。これが本学の発祥の源であります。
その後、府立大阪商業学校となり、大阪市の誕生によって市に移管され、市立大阪商業学校、そして市立大阪高等商業学校、大阪市立高等商業学校を経て、1928年(昭和3年)に大阪商科大学に昇格いたしました。この商科大学への昇格までの道程はきわめて厳しく、政府・文部省の承認を得るために、多くの先輩たちの苦闘がありましたが、この歴史については別の機会にお話しできることがあろうと思います。

1928年(昭和3年)に大学に昇格した当時、市長・関一は開設にあたって「市立商科大学の前途に望む」と題する一文を草し、商大設立の意義と理念を述べました。そこには3つの意義が記されています。

  • 第1に、大学を大都市に必要な精神文化の中心的機関と位置づけたこと、
  • 第2に、そのためには市民の力を基礎として市民生活に密着した大学、すなわち、国立大学の「コッピー」ではない大学であること、
  • 第3に、「大都市・大阪を背景とした学問の創造」を大学の任務としたことです。

関一によって示された大阪商科大学の理念は、現在でも輝きを失うことなく、現在の本学の理念として継承され、教育・研究・社会貢献のあり方を方向づけております。 法人化した現在の大阪市立大学において、今も脈々と流れる自由と進取の気風、そして在野の精神は、本学のこのような生い立ちから発しているのです。

戦後、学制改革により、旧制の大阪商科大学と、大阪市立都島工業専門学校、大阪市立女子専門学校を母体として、1949年(昭和24年)に新制大阪市立大学となり、昭和30年には、大阪市立医科大学を併合して、現在の8学部、大学院10研究科をもつに至っています。すでに、9万有余の人材を世に送り出すとともに、広く学術の振興、産業の発展、市民の教育に重要な役割を果たしてきています。文字どおり公立大学の雄であり、名実ともに充実した都市型総合大学として、さらに大きく発展しようとしております。

以上、本学の歴史と設立の経緯をお話しました。入学式の本日に、本学の歴史を学び、その重みを知ることは大変に貴重な機会であろうと長々とお話をいたしました。このような多くの、本当に多くの先人、先輩が築きあげてきた本学の歴史の真直中に諸君が存在し、本日より歩み始めるのだと実感していただき、この長い本学の伝統と学問を継承していただきたいと願っています。

話は変わりますが、日本経済新聞の「私の履歴書」は我が国の著名人の生い立ちから学生時代、結婚の馴れ初め、仕事の始めた動機、仕事での失敗や成功談、国際情勢、今後の我が国の在り方、果てはご本人の病気の話まで種々実話のお話が1ヶ月間連載されることはご存じと思います。
この3月1日より高原慶一郎様が連載されております。ご存じの方も多いと思いますが、ユニ・チャーム会長で、79歳。実は、本学の新制大学の第1期生であり、本学の学友会の会長でもありますが、本学のOB会の「有恒会」の例会に出席中に脳出血発作を起こすという劇的な場面から第1回の連載が始まりました。
人の生き方においてのいくつもの心を打つお話が載っています。お父上は四国の川之江商工会議所を創立し、初代の会頭を長く務められた方ですが、その父上の庭訓(ていきん)は「人生の三惚れ」であったといいます。「人に惚れ、仕事に惚れ、故郷に惚れる」を実践されたとのことです。私位の年齢になりますと、息子が父親の庭訓をこのように披露できることが羨ましく感じ、また、息子として父親を眩しく崇高に感じられることも素晴らしいことと感じ入ってしまいます。
学生時代は、文筆家で著名になる同級の開高健との交友録などが面白く述べられています。さらには、こんな苦労話を述べておられます。 20代の後半で、父親から独立して建築資材の会社を起業したものの2度の経営危機が訪れ、随分と苦労されました。実家が製紙会社を経営していたこともあり、何とか紙製造を生かす商品開発をと苦心惨憺、その結果、ちょうど当時、生理用品メイカーのアンネが初めて「紙でできた生理用ナプキン」を大ヒットさせた時でした。これだ!と新たな商品開発がスタートし、業界1になると意気込み、邁進され、後には業界1位のユニチャーム・ナプキンなるものが世に登場することになるのですが、実際は男ばかりの建設関連会社、工場は埃っぽいといった生理用品とは隔絶した会社からの変容ということで、大変な努力をされたとのことです。
家に帰っても生理用品開発が頭から離れず、変態呼ばわりされたこともあるというエピソードを残しておられます。その後は米国の巨大企業P&Gの独占場であった紙おむつ業界に挑戦し、世間から「おまえは馬鹿か」と正面切って言われる時代を経て、皆様もご存じだと思いますが紙おむつ「ムーニー」がこの巨大企業のシェアーを抜き去り、業界ナンバーワンになるという快挙をなしておられます。
ご本人の心の拠り所に父上の庭訓(ていきん)「人生の三惚れ」、「人に惚れ、仕事に惚れ、故郷に惚れる」がいつもあったといわれます。「人に惚れ、仕事に惚れ、故郷に惚れる」。特に故郷は種々に解釈できると思います。海外で仕事をしていれば、我が国日本を故郷とし、競争社会にもまれて活躍していれば大阪市立大学が故郷になります。機会あるときにこの庭訓を思い出していただければと思います。

さて、本日の入学式は、これからの本学での勉学と生活について新規一転、新たに考えなおすべきチャンスの時であります。大学生活は過酷な受験勉強から解放され、自分のために、そして自分を知り、可能性を思索し、そしてその可能性を求めて行動することができる本当に恵まれた時間であります。この4年間、学部によっては6年間ですが、これからのこの勉学の時間が諸君のこれからの将来を大きく左右し、決定付けてしまうでしょう。先ほどの高原氏の連載にあったユニ・チャームの社訓「うぬぼれ、おごり、甘え、マンネリ」の四つの落とし穴、これは人生での四つの落とし穴ともいえますが、常に初心を忘れず、謙虚さと前向きの意欲を心していただきたく思います。
そのためには皆様に知っておいていただくことが2つあります。第1は大学での勉強はこれまで諸君が必死になってやってきた受験勉強とは異なり、自分で疑問を持ち、思索し、自分で解決していくという科学的な思考過程を修得し、このためにさらに知識を広め、自分の潜在的な能力を開発していくことであります。
来年度から、文部科学省から大学にキャリア教育が義務付けられます。キャリア教育とは、卒業後の社会における自分の進路を自分で切り開く能力を養うことであり、具体的にはコミュニケーション能力や情報技術(IT)修得など社会人に必要な能力を開発することを目的にしています。皆様もこのような角度からもこれからも見直してください。
第2は、大いに人との交友を広めてください。多くの友人を持ち、多彩な話題で談論風発してください。そして、良き先輩、良き指導者を得てください。そして学年が上がれば、良き後輩を育てください。それに伴いあなたもさらに成長できるものです。
最後に、余談になりますが、この機会に私からのヒントをお教えしたいと思います。
「もう一つの贈り物」という言葉、あるいは心意気といったらいいのかも知れません。あるいは生き方のちょっとした態度と言えるかもしれません。あなた方が勉強でもトレーニングでも一生懸命されると思いますが、最後に、「もう一つ」だけ将来の自分のために勉強、トレーニングを追加するのです。10回の懸垂なら10回のつもりでやるのですが、10回目が終わるときにもう1回だけさらに追加するのです。単語を10個覚えるつもりで10個を覚えたら、最後にさらに1個余分に覚えるのです。最初の10回、あるいは10個は現在の自分のために、そして、追加の1回、あるいは1個は将来の自分への贈り物にするのです。これは学生時代からの私の心のスタンスでもありました。今まであまり人にお話ししたことがないのですが、もし思い出されたら実行してみてください。

現代社会はめまぐるしく、ものすごいスピードで展開、進展してきております。日々、凄まじい量の情報が発信され、かつ、その情報が即時的に国際社会に伝達されていきます。このような目まぐるしい社会は当然、過激な競争社会を意味するわけですが、本学に入学された皆様にとっては、その社会において、皆様がご自分の責務を着々と果たし、社会に貢献できる能力と力量をお持ちなのですから、その実現のために本学での教育をフルに活用いただきたいですし、本学の教育システムはそのようなあなたのために用意されているのです。
ご入学のこの日に際し、有意義で可能性の広がる学生生活、研究生活を本日よりスタートされますことを祈念して、以上をもちまして私の皆様への祝辞とさせていただきます。

 

以上