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既存医薬品リファンピシンに広い認知症予防効果を確認

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この研究発表は下記のメディアで紹介されました。 160329.JPG 
<(夕)は夕刊 ※はWeb版>

◆3/29 NHK「関西のニュース」
     共同通信、時事通信
     Yahoo!ニュース
     朝日新聞(夕)、産経新聞(夕)、
     毎日新聞(夕)
◆3/30 大阪日日新聞、日刊工業新聞
◆4/4   読売新聞(夕)
その他、地方紙等多数掲載

概要

 医学研究科 脳神経科学の富山貴美(とみやまたかみ)准教授らのグループは、金沢大学、富山大学、米国ノースウェスタン大学と共同で、既存医薬品であるリファンピシンに認知症を予防する広い作用があることを世界で初めて突き止めました。
 認知症は発症前からの予防が重要であると最近では考えられています。予防薬に必要な条件は、安全・安価・内服可能で、できれば一剤で認知症の様々な原因タンパク質に作用できることです。認知症にはアルツハイマー病、前頭側頭型認知症、レビー小体型認知症などがありますが、その原因タンパク質はそれぞれアミロイドβ、タウ、αシヌクレインであることがわかっています。これらのタンパク質が脳内でオリゴマーを形成し、神経細胞の機能を障害することで病気が発症すると考えられています。研究グループは、結核やハンセン病などの治療に使われてきた抗生物質リファンピシンに、アミロイドβ、タウ、αシヌクレインのオリゴマー形成を抑える作用があることを発見しました。リファンピシンをアルツハイマー病や前頭側頭型認知症のモデルマウスに1カ月間経口投与すると、脳のオリゴマーが減少し、シナプスが回復して、記憶障害が改善されました。リファンピシンは古くからある薬なので副作用に関する情報も蓄積されており、今ではジェネリック医薬品として安価に供給されています。今回の発見は、リファンピシンあるいはその誘導体が様々な認知症の予防薬として有望であることを示唆しています。
 本研究の成果は、日本時間 平成28年3月29日(火)午前9時に英国の神経学雑誌Brain にオンライン掲載されました。

【発表雑誌】
 Brain
【論文名】
 Rifampicin is a candidate preventive medicine against amyloid β and tau
 oligomers
 「リファンピシンはアミロイドβオリゴマーやタウオリゴマーに対する
  予防薬の候補となる」
【著者】
 Tomohiro Umeda, Kenjiro Ono, Ayumi Sakai, Minato Yamashita,
 Mineyuki Mizuguchi, William L. Klein, Masahito Yamada, Hiroshi Mori,
 Takami Tomiyama
【掲載URL】
 http://brain.oxfordjournals.org/content/early/2016/03/26/brain.aww042

研究の背景 

 認知症にはアルツハイマー病、前頭側頭型認知症、レビー小体型認知症などの変性性認知症と脳血管性認知症があります(図1)。変性性認知症で最も多いのがアルツハイマー病で、前頭側頭型認知症、レビー小体型認知症がそれに続きます。アルツハイマー病はアミロイドβ(Aβ)とタウというタンパク質が脳に蓄積して発症します。前頭側頭型認知症では、半数がタウ、半数がTDP-43というタンパク質が蓄積します。レビー小体型認知症ではパーキンソン病と同じくαシヌクレインというタンパク質が蓄積します。これらのタンパク質が脳内でオリゴマーと呼ばれる数分子~数十分子からなる小さな会合体を形成し、神経細胞の機能を阻害することで病気が発症すると考えられています。

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図1.認知症の種類

 認知症の中で、最も研究が進んでいるのがアルツハイマー病です。アルツハイマー病では、まずAβが凝集して脳に沈着(老人斑)し、次に過剰リン酸化されたタウが凝集して神経細胞内に蓄積した後、神経細胞が死に始め、最後に認知症を発症します。老人斑が脳に現れ始めてから認知症を発症するまでに、実に20年以上の歳月がかかります。

 アルツハイマー病の治療薬として、これまでAβを標的とする薬(Aβ産生酵素阻害薬、Aβワクチン、Aβ抗体など)が数多く開発されてきました。しかし、実際の患者を対象とした臨床試験では、いずれも有効性が確認されず、その多くが開発中止となっています。この理由として考えられるのは、発症した後にいくらAβを除去しても、すでに多くの神経細胞が死んでしまった後では、もはや手遅れであるということです。

 臨床試験での度重なる失敗を受けて、最近では、認知症は治療よりも予防に重点を置くべきであるという考えが広まっています。世界では今、発症リスクの高い未発症者(老人斑陽性の健常者や家族性アルツハイマー病家系の家族)にAβ抗体を投与する予防介入の臨床試験が始まっています。しかし、これまでの治療薬は予防投与を前提として開発されたものではなく、費用・副作用・投与法などの点で問題を抱えています。認知症を予防するには、長期にわたって薬を服用する必要があるため、予防薬には、安全・安価・内服可能で、できれば一剤で認知症の様々な原因タンパク質オリゴマーに作用できることが望まれます。

研究の内容

 認知症に広く有効な予防薬の開発を目標に、私達はまず、Aβの凝集を抑えると報告されている5つの経口摂取可能な低分子化合物(図2)を選び、Aβオリゴマーに対する作用を調べました。これらの化合物は、リファンピシンを除いて、すべて食物由来であり、安全性は高いと考えられます。リファンピシンは、本研究グループの代表である富山が、Aβの凝集を抑える作用があることを1994年に報告した抗生物質です。これらの化合物を、Aβオリゴマーが内部に蓄積する細胞の培養系に加えてその効果を調べたところ、リファンピシンが最も強くAβオリゴマーの細胞内蓄積を抑えることがわかりました。

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図2.本研究で調べた5つの低分子化合物

 そこで次に、Aβ、タウ、αシヌクレインのオリゴマー形成に対するリファンピシンの作用を試験管内で調べました。その結果、リファンピシンはこれらアミロイドタンパク質のオリゴマー形成を全て抑制することがわかりました(図3)。この結果は、リファンピシンが、アルツハイマー病、前頭側頭型認知症、レビー小体型認知症、いずれにも効く可能性があることを示しています。

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図3.Aβ、タウ、αシヌクレインのオリゴマー形成に対するリファンピシンの効果

 リファンピシンは、ヒトでは、通常450mg(最大600mg)を1日1回、毎日経口投与されます。成人の体重を60kgとすると、1日あたり7.5mg/kgとなります。マウスの体重は30g程度なので、ヒトへの投与量をマウスに当てはめれば、1日あたり0.225mgとなります。リファンピシンの内服による効果を調べるため、リファンピシンを2種類のアミロイド前駆体タンパク質(APP)トランスジェニックマウス(アルツハイマー病モデル①、②)と1種類のタウトランスジェニックマウス(前頭側頭型認知症モデル③)に1日あたり0.5 mgまたは1mgずつ、1カ月間毎日経口投与しました。

① Aβオリゴマーが細胞内に蓄積するタイプのアルツハイマー病モデルマウス(APPOSKマウス)では、脳のAβオリゴマーが減少し、シナプスが回復して、記憶障害も改善されました(図4)。

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図4.APPOSKマウスでのリファンピシンの効果

② 一方、老人斑を形成するタイプのアルツハイマー病モデルマウス(Tg2576マウス)では、やはり脳のAβオリゴマーが減少し、シナプスが回復しましたが、老人斑は逆にやや増加傾向を示しました。これはおそらく、リファンピシンがAβオリゴマーをモノマーに解離させ、このモノマーが老人斑に取り込まれてその成長を促したためであると考えています。老人斑は、今では、有毒なオリゴマーを封じ込めるために形成されると考えられており、そのわずかな増加はそれほど問題にならないと思われます。
 
③ タウが過剰にリン酸化され、タウオリゴマーが細胞内に蓄積する前頭側頭型認知症モデルマウス(tau609マウス)では、タウオリゴマー、リン酸化タウがともに減少し、シナプスが回復して、記憶障害も改善されました(図5)。

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図5.Tau609マウスでのリファンピシンの効果

 以上の結果は、リファンピシンが、たった1カ月間の経口投与で、老齢認知症マウスのAβオリゴマーやタウオリゴマーを減少させ、記憶を回復させることを示しています。より若いマウスでは、リファンピシンの用量はより少なくて済むことも分かりました。投与期間を更に長くすれば、リファンピシンの用量はもっと減らせるでしょうし、投与間隔も空けられるかもしれません。
 本研究により、既存医薬品であるリファンピシンが様々な認知症の予防薬として有望であることが示唆されました。

期待される効果

 リファンピシンは古くから(1960年代から)ある薬なので副作用に関する情報も蓄積されており、今ではジェネリック医薬品として安価に供給されています。一部の患者で問題となる副作用(肝障害や薬物相互作用)さえクリアできれば、未だ有効な治療法がない認知症に対して、安価で内服可能なリファンピシンによる予防が可能になるかもしれません。また、本研究を契機として、より安全でより有効な新しい予防薬の開発が進むことも期待されます。

今後の展開について

 予防薬は長期にわたって服用することになりますので、薬の副作用はできるだけ抑える必要があります。リファンピシンの場合は、投与法の工夫などにより改善できるかもしれません。その目途が立てば、その後は、臨床試験でリファンピシンの予防効果をヒトで確認することになります。リファンピシンを服用していたハンセン病の患者さんは、認知症になる頻度が低いことが報告されています。このことは、リファンピシンがヒトにおいても認知症の予防に有効であることを示唆しています。一方、リファンピシンは、すでに発症してしまった患者さんに対しては、効果がないことも報告されています。あくまでも発症リスクの高い未発症者への発症阻止薬として使われることになるでしょう。

本研究の意義

 我が国の認知症患者数は、10年後の2025年には700万人を突破すると予想されています。これは、65歳以上の5人に1人が認知症となる計算です。また、国際アルツハイマー病協会(Alzheimer’s Disease International)の2015年のレポートによれば、世界の認知症患者数は2015年で4680万人、2030年には7470万人、2050年には1億3150万人になると予測され、それにかかる経済費用は2015年で8180億米ドル、2030年には2兆米ドルになると見積もられています。
 さまざまな認知症に有効な予防薬の開発は、国の医療費負担を軽減するのに役立つでしょう。また、患者とその治療・介護に携わる人々の精神的・肉体的負担、およびそれによる社会的損失の軽減にもつながります。本研究が、新しい予防薬開発の契機となることを期待します。

◎ドラッグ・リポジショニング
 新薬の開発には膨大な時間と費用がかかります。もし、既存の医薬品や開発中止となった医薬品の中から別の疾患に対する新たな薬効を見つけ出すことができれば、時間と費用の節約になり、知的財産の有効活用にもつながります。このような方法で薬を開発することをドラッグ・リポジショニングといい、今では多くの製薬企業で採用されています。今回の研究は、これまで抗生物質として使われてきたリファンピシンに、認知症に対する広い予防作用があることを示したもので、まさにドラッグ・リポジショニングによる成果と言えます。