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将来の疲労の程度を予測する脳のメカニズムを発見

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この研究発表は下記のメディアで紹介されました。 <(夕)は夕刊 ※はWeb版>
 ◆4/26 共同通信47NEWS
 ◆4/27 朝日新聞
 ◆5/9 医療NEWS

概 要

 医学研究科の石井聡(いしい あきら)病院講師、田中雅彰(たなか まさあき)講師、渡辺恭良(わたなべ やすよし)名誉教授(理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター長)らのグループは、理研ライフサイエンス技術基盤研究センターと共同で、将来の疲労の程度を予測する脳のメカニズムを発見し、このメカニズムが疲労の病態に深く関わっている可能性を明らかにしました。
 研究グループは、健康な男性16名を対象に、1時間後の疲労の程度を予測する課題と現時点での疲労の程度を自己評価する課題を実施し、疲労の程度の予測および自己評価に関する脳の活動を脳磁図により測定しました。その結果、右大脳半球の縁上回、背外側前頭前野、前頭極などの脳部位が疲労の予測に関わっていること、さらに、日常疲労の程度が高い人ほど背外側前頭前野がより強く活動しているこが明らかになりました。これらの結果は「将来の疲労の程度を予測する脳のメカニズム」と疲労の病態に相関があることを示唆し、疲労のメカニズムの解明や、疲労の慢性化を防ぐ新たな対処法の開発を進める上でも重要な成果であると考えられます。
 本研究の成果は、日本時間平成28年4月26日(火)18時に英国の科学雑誌サイエンティフィック・リポーツにオンライン掲載されました。

【掲載雑誌】
 Scientific Reports
【論文名】
 Neural mechanisms to predict subjective level of fatigue in the future: a    magnetoencephalography study
【著者】
 Akira Ishii, Masaaki Tanaka, Yasuyoshi Watanabe
【掲載URL】
 http://www.nature.com/articles/srep25097

研究の背景

 2004年に文部科学省疲労研究班が成人男女2,742名を対象とした調査において、わが国では約40%の人々が6ヶ月以上続く慢性的な疲労に悩んでいることが明らかになりました。慢性的な疲労に悩む人の半数近くが疲労による作業効率の低下を訴えており、経済的損失という観点からも、疲労は大きな社会問題となっています注)。そこで、疲労のメカニズムを解明し、適切な対処方策の開発へと導いていくがことが求められています。
 日本疲労学会は「疲労は過度の肉体的・精神的活動あるいは疾病により活動能力が低下した状態であり、疲労に伴う特有の感覚が疲労感である」と定義しています。疲労感にはバイオアラームとしての重要な側面があり、疲労感が休憩を促すシグナルとして働くことで、生体の恒常性が破綻するのを防ぎます。したがって、健康な日常生活を送るためには、割り当てられた課題を一定期間内に遂行することだけに注力するのではなく、活動量を低下させて過労を防ぐことを両立させることが重要です。そのためには、将来の疲労の程度を適切に予測し、その予測に従って活動レベルを調整することが必要であると考えられます。しかし、将来の疲労の程度を予測することの重要性に注目した研究はこれまでにはなく、将来の疲労の程度を予測する脳のメカニズムは明らかになっていませんでした。
 将来の疲労の程度を過小に予測してしまうと、必要以上の能率で課題に取り組むため、過労に陥ってしまう可能性や、結果的に課題をやり遂げることができなくなってしまう可能性があります。逆に、過大に予測してしまうと、活動量が過度に抑制されることで作業効率が大きく低下してしまう可能性があります。これらのことから研究グループは、疲労が発生・進展するメカニズムを明らかにし、慢性的な疲労へ進展しないための適切な対処方策を開発する上で、将来の疲労レベルを予測する脳のメカニズムを解明することが非常に重要ではないかと考えました。
注)医学の歩み 最新・疲労の科学、Vol. 228、No. 6、p595、2009

研究の内容

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図1 脳磁図測定装置

 研究グループは、健康な男性16名(平均年齢 21.9歳)を対象に、画面に投影された簡単な認知課題を行っている最中に、その時点から1時間後の疲労の程度を予測する際の脳磁場活動を脳磁図という方法を用いて計測しました。脳磁図は、神経細胞(ニューロン)の電気的な活動によって生じる微弱な磁場を体外に配置した超伝導量子干渉計(SQUID)で測定する、非侵襲的な脳機能測定方法です。脳磁図計測は1ミリ秒(一千分の一秒)単位の極めて高い時間分解能と優れた空間分解能を有しています。実験は脳磁図測定用のベッドに横になった状態で(図1)、目の前のスクリーンに投影された画面を見ながら行いました。

 認知課題としては逆ストループ課題を用いました。逆ストループ課題とは、「赤」、「青」、「黄」のいずれかの漢字が赤色、青色、黄色のいずれかの色で画面に表示され、文字の色ではなく、漢字の意味に相当する色をボタン押しにより答えてもらう課題です。被験者の方には逆ストループ課題を連続して行って頂き、3~5課題毎に、その時点から1時間後の疲労の程度の予測(合計120回)をしてもらいました(予測実験)。将来の疲労の程度を予測するためには課題遂行中の疲労の程度を自己評価する必要があると考えられるため、予測実験とは別の日に、課題遂行中にその時点での疲労の程度を自己評価(合計120回)してもらう実験も行いました(対照実験)(図2)。予測および自己評価は被験者各自の頭の中で行ってもらい、数値化は要求しませんでした。予測実験と対照実験を行う日の順番は被験者毎にランダムに配置しました。それぞれの実験日には、実験の直前にChalder疲労問診票により日常疲労の程度を評価しました。

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図2 脳磁図実験課題の概要

 脳磁図のデータを、8~13Hz(α帯域)、13~25Hz(β帯域)、25~58Hz(γ帯域)の各周波数帯域成分に分け、それぞれの周波数帯域のパワー値が脳のどのような部位で、どの様な時間経過で変化しているかを解析し、予測実験と対照実験の結果を統計学的に比較しました。その結果、予測開始後1,200~1,350ミリ秒で右大脳半球の縁上回(ブロードマン40野)および背外側前頭前野(9野)においてα帯域のパワー値の低下、1,350~1,500 ミリ秒で背外側前頭前野においてα帯域のパワー値の低下、1,500~1,650 ミリ秒で前頭極(10野)においてγ帯域のパワー値の低下が認められ、これら縁上回、背外側前頭前野、前頭極などの脳部位が将来の疲労の予測に関わっていることが示されました(図3)。

 さらに、背外側前頭前野におけるα帯域のパワー値の低下の程度と質問紙により評価した日常疲労の程度との間には正の相関を認め(図4)、α帯域のパワー値の低下は当該脳領域の活動の上昇を反映しているとされることから、日常疲労の程度が高い人ほど右側の背外側前頭前野がより強く活動していると考えられました。

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図3 疲労の程度の予測に関わっている脳磁場活動

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図4 背外側前頭前野におけるα帯域のパワー値の低下の程度と質問紙により評価した日常疲労の程度との関係

期待される効果

 これらの結果から、将来の疲労の程度を予測に関わる脳部位が明らかになりました。さらに、日常の疲労の程度が強かった者ほど右側の背外側前頭前野(9野)がより活動していることから、将来の疲労の程度を予測する脳のメカニズムが疲労の病態に深く関わっていると考えられます。慢性疲労症候群では右側の背外側前頭前野(9野)の体積が健常者に比較して減少している事が報告されており注)、今回の研究からは因果関係を明らかにすることはできないものの、疲労の程度の強い者に観察された背外側前頭前野の強い活動が同部位の障害をもたらす可能性を考えることができます。
 上記の研究成果によって、「将来の疲労の程度を予測する脳のメカニズム」が疲労の病態に関わっていることが明らかになったことから、これまでには注目されてこなかった新しい切り口から疲労の研究が進むことが期待できます。今後の研究によって、疲労の予測に関わる右側の背外側前頭前野の強い活動と疲労増悪の因果関係を明らかにすることができれば、将来的には疲労の慢性化を防ぐ新たな対処法の開発が進むことも期待できます。
   注)Okada, T., Tanaka, M., Kuratsune, H., Watanabe, Y. & Sadato, N. Mechanisms underlying fatigue:
   a voxel-based morphometric study of chronic fatigue syndrome. BMC Neurol 4, 14 (2004).

今後の展開について

 過労を防ぎつつも、割り当てられた課題を遂行するためには、将来の疲労の程度を予測することに加えて、その予測に従って適切に行動量をコントロールする必要があると考えられます。それゆえ、「将来の疲労の程度を予測する脳のメカニズム」がどのように疲労の病態に関わっているのかを明らかにする為には、予測に従って適切に行動量をコントロールする脳のメカニズムを明らかにしていく必要があります。また、疲労の慢性化を防ぐための新たな対処法を開発する上では、疲労の予測に関わる右側の背外側前頭前野の強い活動と疲労増悪の因果関係を明らかにできるような研究を進めていく必要があります。

補足説明 

【周波数帯域】
 脳の電気的活動は、どの周波数帯域の電気的な活動であるかによって、その生理学的な意味合いが異なることが知られています。一般に、α帯域(8~13Hz)の脳電気活動は大脳皮質と視床との相互作用により発生し、α帯域のパワー値の低下は当該脳部位の活動の上昇を、α帯域のパワー値の上昇は当該脳部位の活動の低下を反映していることが知られています。β帯域(13~25Hz)もα帯域と同様に、パワー値の低下は当該脳部位の活動の上昇を反映していると考えられています。その他、γ帯域(25~58Hz)の脳電気活動は脳局所の情報の統合を反映していることが報告されています。

【縁上回、背外側前頭前野、前頭極】(えんじょうかい、はいがいそくぜんとうぜんや、ぜんとうきょく)
 縁上回は頭頂葉に存在する脳領域で、ブロードマン脳地図の40野に相当します。縁上回は言語機能などに関わっているとされますが、それ以外に当研究グループのこれまでの研究により疲労感の記憶にも関わっている事が示されています。背外側前頭前野は前頭葉に存在する脳領域で、ブロードマン脳地図の9野と46野に相当します。背外側前頭前野は広範な脳部位と接続しており、実行機能やその他の認知機能に深く関わっていることが知られています。前頭極は前頭葉の最も前に位置する脳領域で、ブロードマン脳地図の10野に相当します。前頭極は将来の予測や計画立案に関わっている事が知られています。当研究グループのこれまでの研究により、背外側前頭前野および前頭極が疲労の程度に基づく意志決定に関わっている事が明らかになっています。これまでにも未来の出来事を想像する際に40野、9野、10野が関わっていることが報告されていましたが、今回の研究から、疲労感の予測にもこれらの脳部位が関与していることが明らかになりました。