就労者の気質によって職業性ストレスへの対応に差 気質認識によりストレス対策に道
この研究発表は下記のメディアで紹介されました。 <(夕)は夕刊 ※はWeb版>
◆5/30 大学ジャーナルオンライン※
◆5/31 医療NEWS QLifePro※
◆H29/5/12 CareNet※
概要
医学研究科 神経精神医学の出口裕彦(でぐち やすひこ)講師、岩﨑進一(いわさき しんいち)准教授、井上幸紀(いのうえ こうき)教授らのグループは、就労者の発揚気質傾向は一部の職業性ストレスに対して保護的に働き、焦燥や不安気質傾向は一部の職業性ストレスに対して脆弱性を持つことを明らかにしました。
研究グループは、145名の地方公務員を対象とし、就労者の気質が職業性ストレスに与える影響を明らかにすることを目的として、自己記入式の質問紙を用い気質、職業性ストレスを測定しました。その結果、①発揚気質傾向が強い就労者ほど裁量権が高く、役割の曖昧さが少なく、グループ内葛藤は少ないと感じる傾向がある、②焦燥気質傾向が強い就労者ほど上司からの社会的支援は少なく、役割葛藤は高く、労働負荷の変動は大きく、グループ内葛藤は多いと感じる傾向にある、③不安気質傾向が強い就労者ほど同僚からの社会的支援は少なく、仕事の将来の曖昧さは強いと感じる傾向にある、ということが明らかになりました。
これらの結果は、①就労者の気質とその職業性ストレスへの影響を評価、認識することは就労者自身の自己洞察、気づきにつながり、結果として一次予防に寄与する可能性、②上司や同僚、産業保健スタッフが就労者の気質とその職業性ストレスへの影響を評価、認識することに基づいたアプローチをすることでこれまでとは違った配慮、介入ができうる可能性、を示唆しています。ストレスチェック制度では評価対象となっていない気質など就労者の資質を把握することが一次予防に寄与する可能性があり、重要な成果であると考えられます。
本研究の成果は、平成28年5月26日(木)午後2時(米国東部時間)、日本時間では翌5月27日(金)午前3時に米国のオンライン科学誌PLOS ONEに掲載されました。
【発表雑誌】
PLOS ONE
【論文名】
The usefulness of assessing and identifying workers’temperaments and their effects on occupational stress in the workplace
「就労者の気質とその職業性ストレスへの影響を職場において評価、認識することの有効性について」
【著者】
Yasuhiko Deguchi, Shinichi Iwasaki, Akihito Konishi, Hideyuki Ishimoto,
Koichiro Ogawa, Yuichi Fukuda, Tomoko Nitta, Koki Inoue
【掲載URL】
http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0156339
研究の背景
厚生労働省の2012年労働者健康状況調査によると、就労者の6割以上が職業生活における強い不安、悩み、ストレスを抱えており、中でも最も多いのが「職場の人間関係の問題」、次いで「仕事の質の問題」「仕事の量の問題」「会社の将来性の問題」などが続くと報告されています。精神障害による労働災害の請求件数、認定件数は近年、増加の一途をたどっており(図1)、2013年度警察庁自殺統計で年間自殺者数27,283名のうち7,272名(全体の26.7%)が被雇用者であったと報告されるなど、就労者を取り巻く環境が整備されているとは言いがたい状況が続いています。また2009年の推計で自殺やうつ病による社会的・経済的損失は2.7兆円と報告されており注1)、社会経済学的視点からも早急な対応が望まれています。
これら背景もあり、労働安全衛生法が改正され、50人以上の事業場で2015年12月1日より一次予防を主な目的としたストレスチェック制度が義務化され、開始となりました。ストレスチェック制度では就労者自身のストレスへの気づきを促し、職場環境調整によりメンタルヘルス不調を未然防止するという一次予防が強調されています。これまで、職業性ストレスと抑うつ、不眠等の精神症状に関する研究は複数行われてきましたが、産業保健の分野において就労者の気質注2)、気質と職業性ストレス注3)の関連に焦点を当てた研究は少なく、自身の気質、性質、それらと職業性ストレスとの関連を知ることで就労者の気づきを促すことができる可能性、また気質と職業性ストレスとの関連を知ることで上司や同僚の配慮を促すことができる可能性があるのではないか、と考え本研究を行いました。
注1) 金子能宏ほか:自殺・うつ病対策の経済的便益の推計の概要. 国立社会保障・人口問題研究所社会保障基礎理論研究部, 2010
注2) 気質:先天的、遺伝的に兼ね備えている性質、特性 ⇔ 性格、パーソナリティ:気質を基盤として、日々の発達や経験を通して形成されていく行動様式や考え方などを持続的に規定している傾向
注3) 職業性ストレス:就労において労働者に影響を与えるストレス因子のこと
研究の内容
気質の評価には、Temperament Evaluation of Memphis, Pisa, Paris, and San Diego-Auto questionnaire (TEMPS-A)注4)の日本語版を用いました。TEMPS-Aは110項目の質問からなる気質傾向の評価尺度で、
- 抑うつ気質(悲観的なタイプ、自分を責め、引っ込み思案で傷つきやすく、自己否定的で依存的、悲観的などの特徴を有する 質問1〜21)
- 循環気質(気分やエネルギーのムラが大きいタイプ、気分や睡眠、エネルギー、自尊心、社会的な立ち位置などの変化が大きく、鋭い感覚や感情の激しさを持ち、ロマンチストなどの特徴を有する 質問22〜42)
- 発揚気質(楽観的でエネルギッシュなタイプ、楽観的、陽気、楽しいことが好き、社交的、ひょうきん、自信のあふれる、発想が豊かで雄弁、活動的で疲れを知らない、リーダーシップを好む、など前向きな特徴を有する 質問43〜63)
- 焦燥気質(イライラしがちなタイプ、疑り深く批判的、機嫌が悪く、不平不満が多く、満足せず、イライラしがちで、暴力的、などの特徴を有する 質問64〜84)
- 不安気質(心配性なタイプ、不安や警戒心、緊張が強く、神経過敏で胃腸の症状が出やすいなどの特徴を有する 質問85〜110)
など5つの気質傾向を評価します。「はい」「いいえ」で回答し、「はい」の個数が多いほど、その気質傾向が強いことを示します。
職業性ストレスの評価には、1988年に米国安全保健研究所(NIOSH)により開発された自己記入式職業性ストレス調査票であるthe Generic Job Stress Questionnaire (GJSQ)注5)の日本語版を用いました。今回は量的労働負荷、役割葛藤、役割の曖昧さ、労働負荷の変動、グループ内葛藤、仕事の将来の曖昧さ、仕事の裁量権、上司/同僚からの社会的支援など9つの職業性ストレスについて調査しました。
- 量的労働負荷は計11問からなり、「仕事の量はどれだけありますか?」など仕事量の感じ方を評価
- 役割葛藤は計8問からなり、「自分がこうするべきだと思う方法とは異なったやり方で仕事をしなければならない」など仕事をするうえでの葛藤について評価
- 役割の曖昧さは計6問からなり、「自分の仕事には計画された明確な目標や目的がある」など就労における役割の感じ方について評価
- 労働負荷の変動は計3問からなり、「仕事の負荷がどのくらい緩やかになることがありますか?」など労働負荷の変動に対する感じ方を評価
- グループ内葛藤は計8問からなり、「私のグループでは誰が何をするべきかでよく口論になる。私のグループのメンバーはお互いの意見を支持している」などグループ内での葛藤に対する感じ方を評価
- 仕事の将来の曖昧さは計4問からなり、「あなたの仕事の経歴が将来どうなっているかについて、どのくらいはっきりしていると思いますか?この数年の間に昇進や昇給の機会は、どのくらいはっきりしていると思いますか?」など仕事の将来に対する感じ方を評価
- 仕事の裁量権は計16問からなり、「仕事の量、順序、ペースにどれだけの裁量権がありますか?」など就労における裁量権の感じ方について評価
- 上司からの社会的支援は計4問からなり、「あなたの仕事が楽にできるように、どのくらい配慮や手助けをしてくれますか?」など上司がどの程度支援してくれると感じているか評価
- 同僚からの社会的支援は計4問からなり、「あなたの仕事が楽にできるように、どのくらい配慮や手助けをしてくれますか?」など同僚がどの程度支援してくれると感じているか評価
仕事の裁量権、上司/同僚からの社会的支援は点数が大きいほど支援が大きく、裁量権が多いことを示し、量的労働負荷、役割葛藤、役割の曖昧さ、労働負荷の変動、グループ内葛藤、仕事の将来の曖昧さは点数が大きいほどストレスが大きいことを示します。
研究対象者の属性を表1に示します。性別、職位、職種、雇用形態、年齢との関連を含め階層的重回帰分析で検討した結果、①発揚気質傾向が強い就労者ほど、裁量権が高く、役割の曖昧さが少なく、グループ内葛藤は少ないと感じる傾向がある、②焦燥気質傾向が強い就労者ほど、上司からの社会的支援は少なく、役割葛藤は高く、労働負荷の変動は大きく、グループ内葛藤は多いと感じる傾向にある、③不安気質傾向が強い就労者ほど、同僚からの社会的支援は少なく、仕事の将来の曖昧さは強いと感じる傾向にある、ということがわかりました。発揚気質傾向は一部の職業性ストレスに対して保護的に働き、焦燥や不安気質傾向は一部の職業性ストレスに対して脆弱性を持つことがわかりました。
注4) Akiskal HS, Akiskal KK, Haykal RF, Manning JS, Connor PD. TEMPS-A: progress towards validation of a self-rated clinicalversion of the Temperament Evaluation of the Memphis, Pisa, Paris, and San Diego Autoquestionnaire. J Affect Disord 85: 3-16, 2005
注5) Hurrell JJ, McLaney MA:Exposure to job stress-a new psychometric instrument. Scand J Work Environ Health 14: 27-28,1988
期待される効果
自身の気質傾向、その職業性ストレスに対する影響を知ることは、就労者自身の自己洞察、気づきに繋がると考えられ、自身のストレス対策の一助となると考えられます。また上司や同僚が、就労者の気質やその職業性ストレスに対する影響を知ることは、就労者間の社会的支援を促進する可能性があり、特に焦燥、不安気質傾向が強い就労者への配慮が望ましいと考えます。また産業保健スタッフの気質傾向に基づいた介入(認知行動療法やジョブカウンセリング)が職業性ストレスへのよりよい適応に繋がる可能性が考えられます。
今後の展開、本研究の意義
本研究結果から、①就労者の気質とその職業性ストレスへの影響を評価、認識することは就労者自身の自己洞察、気づきにつながり、結果として一次予防に寄与する可能性、②上司や同僚、産業保健スタッフが就労者の気質とその職業性ストレスへの影響を評価、認識することに基づいたアプローチをすることでこれまでとは違った配慮、介入ができうる可能性が考えられます。2015年12月1日から開始されたストレスチェックでは仕事のストレス要因、心身のストレス反応、周囲のサポートの3領域に関する項目が評価対象となっていますが、気質など本人の資質は評価対象となっていません。今後、制度について更なる議論が進むことが予想されますが、本人の資質などの情報も加味し、就労者の一次予防として整備されることを願います。また、産業保健分野で就労者自身の気質やその職業性ストレスへの影響が評価・認識され、本研究が就労者の職場環境調整、ストレス対策の一助となることを期待します。
※本研究は下記の資金援助を得て実施されました。
科学研究費「就労者における双極性障害の早期診断、事例性に関する研究