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頭蓋咽頭腫の細分類に基づく最適な手術法選択基準を確立

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この研究発表は下記のメディアで紹介されました。<(夕)は夕刊 ※はWeb版>
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概要


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掲載誌表紙に採用された腫瘍分類図

 医学研究科 脳神経外科学の大畑建治(おおはた けんじ)教授、森迫拓貴(もりさこ ひろき)講師らのグループは、脳深部に発生する良性脳腫瘍である頭蓋咽頭腫に対する外科的治療において、発生部位に基づく新たな分類を用いて最適な手術法を選択することにより、徹底切除率98.6%, 腫瘍制御率95.8%という極めて良好な治療成績を収めることに成功しました。本成果は2016年12月2日に、米国の医学専門学術誌のオンライン版に掲載されました。

【発表雑誌】
Neurosurgical Focus
【論文名】
Aggressive surgery based on an anatomical subclassification of Craniopharyngiomas
(頭蓋咽頭腫に対する解剖学的細分類に基づいた徹底切除)
【著 者】
Hiroki Morisako,Takeo Goto,Hiroyuki Goto, Christian Aisse Bohoun,
Samantha Tamrakar, Kenji Ohata
【掲載URL】
http://thejns.org/doi/abs/10.3171/2016.9.FOCUS16211

研究の背景

良性腫瘍とその治療

 “良性腫瘍は、患者のQOLの低下を来さず、命にも影響を及ぼさない”と一般的には信じられています。なぜならば、“良性”であるために転移することはなく、大きくなっても生活機能には影響が少なく、大きくても手術により安全に取り除くことができるからです。しかし、脳腫瘍となると状況は一変します。発生する部位によっては、手足の麻痺、言葉の障害、視力の低下、認知機能の低下等々が生じ仕事ができなくなったり、寝たきりになったりします。またこれらの良性脳腫瘍の多くは頭蓋底面(脳の底)に発生するため、手術により脳や神経・血管を傷つける危険性や合併症が発生するリスクがあります。従って、全摘出で完治することが分かっていても、合併症のリスクを回避するために部分的に腫瘍を残存させざるを得ないことがしばしばです。
 良性脳腫瘍には髄膜腫(ずいまくしゅ)、神経鞘腫(しんけいしょうしゅ)、下垂体腺腫(かすいたいせんしゅ)、頭蓋咽頭腫(ずがいいんとうしゅ)などがあります。

頭蓋咽頭腫とその治療

 今回対象となっている頭蓋咽頭腫は胎生期の頭蓋咽頭管の遺残から発生する稀な良性腫瘍で、発症年齢分布は5〜15歳の小児と45〜60歳の成人の2峰性を示します。日本国内では原発性脳腫瘍は年間15,000人の患者に見つかり、その内0.4%約700人が頭蓋咽頭腫です。内頸動脈などからなる動脈輪の内側に発生し、前方は視神経、後方は脳幹部、上方は視床下部1に囲まれ、これらに癒着しながら大きくなるため最高難度の手術となります。無理に切除しようとすると、視力低下、失明、血管の破裂などを生じ重篤な合併症を来す恐れがあり、このリスクを回避するために遠慮気味な切除となり、正中部に腫瘍がしばしば残存します。残存した部位に放射線治療を行う場合も、放射線に最も脆弱な視神経に近接しているために放射線の線量が十分でなく、全摘出できなければ長期的には高い割合で再発します。

※1 視床下部:体温の調整、ホルモンの分泌、睡眠のリズム、電解質管理、記憶などを担う極めて重要な構造物

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頭部を真横から見た図 赤色部分:頭蓋咽頭腫

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頭蓋咽頭腫の頭部CTおよびMRI

頭蓋咽頭腫の手術の発展

 良性腫瘍の基本的な治療は、手術による摘出です。放射線治療、脳科学が発展するように外科治療も発展することが望まれます。頭蓋咽頭腫のような良性腫瘍に対しても全摘出が可能となる手術方法の発展が期待されてきました。
 頭蓋咽頭腫に対する手術法として代表的なものに、鼻腔を経由して腫瘍に到達する経蝶形骨洞法(顕微鏡下または内視鏡下)、両方の大脳半球の間を分けて腫瘍に到達する前頭蓋底到達法、目の周囲の骨を削除して前頭部と側頭部の骨をあけて腫瘍に到達する経眼窩頬骨到達法(略称OZ: 当教室考案)がありますが、視野が狭いため、これらの方法では大きな腫瘍や後方に進展する例、石灰化を伴う硬い腫瘍は取ることができませんでした。そこで当教室では1985年に経錐体法(けいすいたいほう:耳の奥にある錐体骨を削除する方法)による頭蓋咽頭腫の切除方法を開発し報告しました。しかし、腫瘍の近辺に至るための外科解剖は、錐体骨を削除しながら経由するために煩雑でした。このため、さらに30年にわたる経験を基に2013年に経錐体法を簡便化することに成功し、近年、日本国内外で経錐体法の普及に努めてきました。

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頭蓋咽頭腫に対する手術到達法を示したイラスト

黄色で示した前頭部の頭蓋骨をあけ腫瘍に到達するのが経大脳間裂到達法、水色で示した眼窩を囲む範囲の頭蓋骨をあけるのが経眼窩骨到達法、緑色で示した耳を囲む範囲の骨を切除して腫瘍に到達するのが経錐体到達法、鼻腔に筒や内視鏡を挿入その隙間を経由して腫瘍を摘出するのが経鼻経蝶形骨洞到達法。

頭蓋咽頭腫の当教室での患者背景

 当教室が診察する患者の相当数(2000年~2014年で約44%)が、別の医療機関で処置を受けたものの、その後再発して本院に紹介患者として来られる方です。その中には、6歳の時に治療を受け、4回の腫瘍切除、4回の放射線治療を受け、徐々に視力低下と認知能の低下をきたし、10年以上にわたって患者とそのご家族に過酷な状況を強いている例もありました。このようなケースを増やさないため、できるだけ安全に、かつたくさんの腫瘍を摘出するために、様々な到達法を腫瘍ごとに単独あるいは組み合わせて腫瘍を摘出してきましたが、どの到達法を選択するかは腫瘍の状態、周囲の血管の関係などで異なっています。経錐体法を含めた多数の手術到達法を用いた手術の長期成績の報告はなく、これまで明確な手術到達法の選択基準もありませんでした。そこで、頭蓋咽頭腫を発生部位に基づき新たに4つに細分類し、最適な手術到達法を用いて徹底切除を行う方針を立てました。

研究の内容

対象

 2000年1月~2014年12月大阪市立大学医学部附属病院で外科的切除術を行った頭蓋咽頭腫72例を対象としました。(男性36例、女性36例、平均年齢は37.7歳。72例中32例〔44.4%〕は他院にて治療歴のある再発例)。全ての症例で積極的な切除を計画し、病変を発生部位に基づいて、トルコ鞍内型(脳下垂体が位置する頭蓋底のくぼみ〔トルコ鞍〕に腫瘍の主座があるもの)、視交叉前方型(視交叉を下方から上方へ持ち上げてトルコ鞍の前上方に腫瘍の主座があるもの)、視交叉後方型(視交叉後方に腫瘍の主座があり脳幹を圧迫するもの)、第三脳室型(第三脳室のなかに腫瘍の主座があるもの)の4つに細分類し最適な手術到達法を選択しました。さらに、必要に応じてこれらを組み合わせた多数回での手術切除を計画し、病変の徹底切除を行い、平均経過観察期間約5年での手術成績について検討しました。

<発生部位に基づいた4つの細分類>
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<手術到達法の選択基準>
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結果

 細分類の内訳は、視交叉後方型35例(48.6%)、視交叉前方型19例(26.4%)、第三脳室型12例(16.7%)、トルコ鞍内型6例(8.3%)でした。26例(36.1%)で多数回の手術を施行し、手術到達法は、細分類に応じてそれぞれ選択し、経眼窩頬骨弓到達法41例、経大脳間裂経終板到達法21例、経錐体到達法21例、経蝶形骨洞到達法14例でした。43例(59.7%)で腫瘍は全摘出され、腫瘍の亜全摘出※2が28例(38.9%)、腫瘍の部分摘出が1例(1.4%)でした。術前82%の症例で視力視野障害を認めましたが、術後40.7%の症例で視機能の改善が得られました。最終的に大部分の患者機能を温存しながら、約5年の平均経過観察期間で腫瘍制御率は95.8%でした。
※2 亜全摘出とは90%以上の切除を指す

 <腫瘍摘出度と非再発率の関係>
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    【摘出度の定義】
全摘出(GTR) :腫瘍全摘出
亜全摘出(NTR):残存腫瘍0.5cm3以下
部分摘出(PR) :残存腫瘍0.5cm3以上

まとめ

 我々は、本研究で頭蓋咽頭腫の細分類に基づいた手術到達法の選択基準を示し、その手術成績の詳細を述べました。72例中32例(44.4%)が他院にて治療歴のある治療難度の高い再発例であるという患者背景を考慮すると、腫瘍の徹底切除(全摘出および亜全摘出)が72例中71例(98.6%)で達成され、患者機能を温存しながら最終的に95.8%の症例で腫瘍制御が得られている点で高く評価されます。腫瘍の切除度や後療法については、年齢、腫瘍の位置および進展度、さらには全身疾患や機能予後などそれぞれの患者背景を十分に考慮する必要はありますが、いずれの手術到達法にも利点と欠点が存在するため、種々の到達法を習熟した上で病変に応じたそれぞれの手術到達法を適切に選択し、現時点では腫瘍の徹底切除を行うことが望まれます。

今後の展開について

 頭蓋咽頭腫は脳神経外科医にとって最も手術が難しい腫瘍の一つですが、全摘出できた場合には手術単独で治癒が可能な疾患でもあります。つまり、病変に応じた最適な手術到達法を選択し、腫瘍を積極的に切除することで、多くの患者を救うことが可能になります。今回新たに作成した細分類法と手術到達法の選択基準を普及・標準化させ、日本国内外の頭蓋咽頭腫の治療成績を向上させるべく、情報公開および医療従事者への教育等に尽力して参ります。