世界初!難診断深在性真菌症(ムーコル症)の早期診断法の開発に成功
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概要
医学研究科 臨床感染制御学 教授・感染症科学研究センター副センター長の掛屋 弘(かけや ひろし)および細菌学 教授・同研究センターの金子 幸弘(かねこ ゆきひろ)らのグループは、国立感染症研究所・真菌部の宮崎 義継(みやざき よしつぐ)部長らとの共同研究で、生命予後が極めて悪いことで知られている難診断深在性真菌症であるムーコル症の早期診断法の開発に世界で初めて成功しました。
ムーコル症※1は、ムーコル目に属する真菌感染症の総称で、発生頻度はそれほど高くありませんが、発症すると急性に進行し大多数が死に至るため、早期に診断し治療することが最重要とされています。しかし、特徴的な臨床症状に乏しく、実用化された血清診断法がないため、確定診断には真菌の培養や病理組織検査が必要であるというのが現状でした。そこで私たちは、ムーコル症を引き起こす代表的な真菌であるRhizopus oryzae(リゾプス・オリゼ)の菌体蛋白に注目し、「シグナルシークエンス・トラップ法※2」を用いて、血液検査で抗原(菌体の一部)を検出する方法を開発しました。
本検査方法は世界で初めて開発された「ムーコル症の血清診断法」です。また、本研究に使用した「シグナルシークエンス・トラップ法」が真菌研究においても新しい抗原を探すことに有用であることを明らかにしました。
本研究成果は、国際学術誌である「Medical Mycology」に平成29年2月15日(水)午前4時(日本時間)にオンライン掲載されます。
※1 ムーコル症
ムーコル目に属する真菌(リゾプス属、アブシジア(リクテミア)属、リゾムーコル属、ムーコル属など)による感染症で、接合菌症とほぼ同義語で使用される。
※2 シグナルシークエンス・トラップ法
細胞外に分泌される蛋白や細胞膜に共通して存在するアミノ酸配列を有する蛋白を選択的に同定する方法。
分泌される蛋白や細胞表面に存在する蛋白は細胞内に存在する蛋白に比較して検査に適する標的と考えられる。
【発表雑誌】
Medical Mycology
【論文名】
Identification of a Novel Rhizopus-specific Antigen by Screening with a Signal Sequence Trap and Evaluation as a Possible Diagnostic Marker of Mucormycosis
「シグナルシークエンス・トラップ法によって得られたRhizopus由来の新規蛋白抗原のムーコル症診断マーカーとしての評価」
【著者】
Kanako Sato, Ken-Ichi Oinuma, Mamiko Niki, Satoshi Yamagoe, Yoshitsugu Miyazaki, Kazuhisa Asai, Koichi Yamada, Kazuto Hirata, Yukihiro Kaneko, Hiroshi Kakeya
【掲載URL】
https://academic.oup.com/ajcp/article-lookup/doi/10.1093/mmy/myw146
研究の背景
私たちの環境の中には多くのカビ(真菌)が存在します。カビの病原性は弱く、一般に健康なヒトには病気を起こしたりしませんが、血液の病気や免疫が極度に低下しているヒトには、内臓感染症として「深在性真菌症」を起こすがあります。「ムーコル症」は、主に血液疾患や悪性腫瘍、重症の糖尿病患者などに発症する深在性真菌症です。肺や副鼻腔、皮膚、全身播種を引き起こし、多くの場合、命に関わります。一般にムーコル症の診断は、真菌の培養や病理組織検査で行われますが、培養や病理検査には数日かかります。しかし、ムーコル症患者の全身状態が悪く、十分な検査が行えないことも多く、死亡してから判明することも珍しくありません。近年は、深在性真菌症で亡くなる血液疾患患者でムーコル症が原因となるケースが増えていることが報告されています。その他の代表的な深在性真菌症(カンジダ症、アスペルギルス症、クリプトコックス症など)には、早期診断に役立つ血液検査が存在していますが、ムーコル症にはありません。そのため簡便で迅速に診断できる血清診断法の開発が望まれていました。
研究の内容
国立感染症研究所との共同研究で、ムーコル症の代表真菌であるRhizopus oryzaeからシグナルシークエンス・トラップ法を用いて分泌蛋白や細胞膜に存在する蛋白のスクリーニングを行い、抗原A(RSAと命名した未知の蛋白、23kDa)を候補として選出しました(図1)。選出した抗原Aは、培養上清中に経時的に増加し、分泌蛋白である可能性が示唆されました。また、抗原AはRhizopus oryzaeの近縁種の培養上清中にも検出され(図2)、さらに、抗原Aの抗体を使用した免疫染色の結果により、抗原Aは細胞表面に存在することが示されました(図3)。上記より、抗原Aはムーコル症の血清診断に利用できる理想的な蛋白である可能性が示唆されたため、我々は抗原Aをウサギに免疫して抗体を作製して、検査キットを作製しました。そして、作製した検査キットを使用し、免疫不全マウスを用いた感染実験(図4)を行い、感染マウスの血清中および肺上清より抗原Aを検出しました(図5)。
図1:シグナルシークエンス・トラップ法を用いた標的抗原蛋白の検索
シグナルシークエンス・トラップ法を用いることにより、細胞外に分泌される蛋白および膜蛋白を選択的に同定することができます。本方法を用いて、最も多く得られたクローンである抗原A(RSA)を検査キットの候補抗原として選出しました。その後、ウサギに抗原Aを接種して免疫して抗体を作製、さらに抗体を精製して新規検査キット(ELISA法)を作製しました。
図2:培養上清中の抗原Aの推移(基礎研究①)
作成した検査キットを利用して、培養上清中の抗原A濃度を測定しました。その結果、抗原Aは培養上清中に経時的に増加していました。またRhisopus oryzaeと近縁種のムーコル属Rhizopus microsporesも本検査キットで検出できることが明らかとなりました。
図3:免疫染色による抗原Aの局在の検討(基礎研究②)
抗原Aに対する抗体を用いて、菌体における抗原Aの局在を検討しました。その結果、抗原Aは細胞表面に存在する可能性が示唆されました。
基礎研究①と②の結果より、抗原Aは検査に適する蛋白抗原であることが示唆されました。
図4:免疫不全マウスを用いたムーコル感染実験モデルの作製
ステロイドや免疫抑制剤を使用して免疫抑制マウスを作製、Rhizopus oryzaeを感染させ、感染マウスモデルを作成しました。マウスは感染4日後より死亡する致死的マウスモデルです。
図5:感染マウス血清および肺上清からの抗原Aの検出
感染4日目のRhizopus oryzae感染マウスの血清および肺上清中の抗原Aを検査キットで測定しました。その結果、感染していないマウス(コントロール)に比較して、感染マウスの血清や肺上清中に抗原Aを検出することができました。
期待される効果
これまで、ムーコル症の診断方法は、真菌の培養や病理組織診断といった時間を要するものしかなく、早期診断は極めて困難でした。しかし、今回の研究により、血液検査を用いて短時間で診断可能であると示唆されたことは、新規性の高い診断法の開発といえます。早期の適切な診断は、適切な治療方法・治療薬の選択につながります。また、今回の研究により、シグナルシークエンス・トラップ法が深在性真菌症にも応用可能であると示唆されたため、他の真菌症への応用が期待されます。
実際の臨床応用までにはヒトの検体を使用した臨床研究が必要で、今回の成果はその第一歩となるものです。ムーコル症の早期診断方法を確立し、適切な治療ができるよう今後も研究を進めてまいります。
今後の展開について ※本研究は特許出願済です。
現時点では動物モデルを用いての非臨床試験の段階ですが、産学連携のもと更に感度の高い検査キットを開発し、できるだけ早く臨床試験を開始したいと考えています。