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【マラリア根絶へ・ケニア現地調査】地域特性により感染伝播・免疫応答に差

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~地球規模マラリア根絶に向けて~

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 サハラ以南の熱帯アフリカにおけるマラリア撲滅は、グローバル・ヘルスの観点からも人類にとって重要な課題とされています。大阪市立大学大学院医学研究科 寄生虫学の金子 明(かねこ あきら)教授(医学部附属病院感染症科学研究センター所長)らの国際研究グループは、2011年からスウェーデンのカロリンスカ研究所と共に継続実施しているケニア・ビクトリア湖地域でのフィールドリサーチの結果として、マラリア流行地の一つである当該地域のマラリアの伝播力が、人口や他地域との交流の少ない島嶼部で弱く、人口や家畜が多く交流が盛んな内陸部で強くなっていること、そしてこの傾向が当該地域住民集団のマラリア原虫に対する免疫応答の違いに反映されていることを明らかにしました。当該地域のマラリア撲滅戦略を確立する上で極めて有用な知見であり、活用が期待されます。
 本研究成果は2017年8月22日に国際学術誌Scientific Reportsに掲載されました。

【雑誌名】Scientific Reports
【論文名】" Naturally acquired antibody response to Plasmodium falciparum describes heterogeneity in transmission on islands in Lake Victoria"
【著者】Zulkarnain Md Idris, Chim W. Chan, James Kongere, Tom Hall, John Logedi, Jesse Gitaka, Chris Drakeley, Akira Kaneko
【掲載URL】http://www.nature.com/articles/s41598-017-09585-4

研究の背景

 マラリアは、マラリア原虫(寄生虫の一種)を持つ雌のハマダラ蚊に刺されることにより感染し、潜伏期間を経て高熱や悪寒といった症状が現れます。素早く治療を開始できれば回復しますが、重篤化すると意識障害や腎不全などを起こします。治療が遅れると死に至る危険性が高いこと、免疫に守られない幼い子供や、貧困者の罹患率が高いことなどからもWHOなどを中心に根絶へ向けた活動が行われていますが、WHOが毎年発行しているワールド・マラリア・レポート(2016年12月版)によると、マラリア罹患者は推定2億1,400万人、また推定死亡者は43万8,000人となっており、人類にとっていまだに大きな脅威となっています。
 マラリア発症者に向けては、複数の治療薬が開発されています。しかし近年、既存の治療薬に耐性を持つケースが出てきていること、人だけでなく、媒介役となる「蚊」に向けた対策や研究も必要であること、流行地には貧困エリアが多く資金面に課題があることなど、撲滅に向けてまだまだ多くのハードルを抱えています。このような状況において、流行地域で病気の伝播や社会的背景を探るフィールドワーク研究を実施して新たな情報を獲得し、撲滅に向けた戦略に活用しようとする試みが注目を集めています。
 金子 明教授らの国際研究グループは、南洋のバヌアツなどを主要モデルに、地理的・遺伝学的特異性の高い島嶼エリアにおける感染症研究を1987年から行っており、調査および感染対策の優れた実績を誇っています。本研究では長崎大学熱帯医学研究所の協力を得て、マラリア罹患率が高く、かつバヌアツの先行事例と似た地理的特徴を持つケニアのビクトリア湖周辺地域をターゲットとして調査を実施しました。治療薬の開発が進み、全体ではだんだんと死者数が減ってきているにもかかわらず、この地域は罹患者数が著しく多く、依然として非常に高い死亡率を示しています。これまでに調査が行われたことも無く、詳しい分析が求められていました。

本研究の内容

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◆方法 
 研究対象地は、ケニアにおいて中高度のマラリア流行が続くビクトリア湖周辺地域のキブオギ、オコデ、タカウリの小さな3島、大きなムファンガノ島、湖岸内陸集落ウンゴイです(上地図参照)。当地においては、長崎大学熱帯医学研究所が感染症に関する研究拠点を展開しています。我々は2012年以来、継続的に現地住民集団における横断的マラリア原虫感染率調査を継続してきました。調査は各流行地村落における小学校や市場などにおいて、そのコミュニティーを統べるチーフの協力のもとに、マラリア発症の有無に関わらず呼びかけに応じてきた全住民を対象としました。マラリアは媒介蚊の刺咬によりスポロゾイト期原虫が人体内に注入されることにより伝播します。スポロゾイト期原虫は直ちに肝細胞に移行し、増殖します(10日間の潜伏期)。その後、血液中に放出されたメロゾイト期原虫が赤血球に感染し48時間ごとに増殖・分裂を繰り返すことによって、マラリアが発症します。本研究では、2012年1,2月(大雨季前)および7,8月(小雨季前)における調査において5,044人の住民から提供された、ろ紙に採取され保存されていた乾燥血液サンプルより血清を抽出し、ELISA法により熱帯熱マラリア原虫のスポロゾイト抗原CSP、赤血球内ステージ抗原AMAおよびMSPに対するIgG抗体を測定しました。

◆結果
170824-4.jpg 研究チームは前報において、対象地住民集団におけるマラリア原虫感染率は、湖岸内陸集落ウンゴイで最も高く、小さな3島では低く、大きなムファンガノ島ではその中間となることを報告しています(Md Idris Z et al. Sci Repo 2016)。今回の血清疫学的調査により、流行地住民の熱帯熱マラリア原虫の赤血球内ステージ抗原に対する加齢に伴う抗体陽性転換率(1年間で抗体陽性になる住民の割合)は、原虫感染率と強い正の相関があることが見出されました(右グラフ)。この抗体陽性転換率は媒介蚊による伝播強度(1住民が1年間でスポロゾイトを持つ媒介蚊に刺される回数)を反映することが報告されています。つまり、湖岸内陸集落で最も伝播強度が高く、小さな3島では低く、大きな島ではその中間であるということが明らかになりました。また、こうした抗体陽性転換率はAMAおよびMSPにおいて顕著であり、スポロゾイト抗原CSPでは原虫感染率との相関は認められませんでした。このことは、高度マラリア流行地におけるマラリア伝播強度、およびマラリア対策の効果を評価するうえで、AMAおよびMSPによる血清疫学的解析がより有効であるということを示唆しています。さらに今回の調査結果から、抗体陽性転換率と年齢の間には強い相関関係が認められました。流行地住民は生まれてから継続的に媒介蚊刺咬によるマラリア伝播を受けることから、マラリア原虫に対する年齢に依存する獲得免疫が形成されていきます。この免疫が不十分な5歳以下小児ではマラリア発症、重症化の脅威にさらされますが、成長につれて感染していても発症は抑えられるようになります。しかしこれらの無症候性キャリアは重要な感染源となっています。今回の研究結果は、こうした現象を反映しているものといえます。

今後の展開

 今後対象地においては、マラリア撲滅を目指した媒介蚊対策の強化(殺虫剤処理蚊帳、天井式蚊帳配布)、マラリア重症化阻止のための診断治療体制強化、無症候性キャリアに対する集団投薬による集約的介入が予定されています。今回の研究によって島嶼ごとに伝播強度が異なることが明らかになったことから、地域特性に基づいた戦略の展開が期待されます。さらに、こうした血清疫学的指標の経時的観察により、介入試験の評価が可能になることが示唆されました。

本研究について

 本研究は下記の研究費助成を得て実施されました。
 ・Swedish Research Council Grant (523-2009-3233, 348-2012-6346, 348-2013-6311),
 ・研究拠点形成事業 B. アジア・アフリカ学術基盤形成型
 ・科研費 (24390141:「地球規模マラリア根絶:アルテミシニン治療効果に関わる人・原虫多型の地域特性」, 26257504:「ビクトリア湖島嶼マラリア撲滅:プリマキン使用による集団治療とヒト・原虫多様性」)
 ・厚生労働科学研究費補助金
 ・長崎大学 共同研究費