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キノコが身体に良い科学的根拠を提示―ヒトの血中で鉄を運搬する酵素が マイタケにも存在することを初めて発見―

プレスリリースはこちら

この研究発表は下記のメディアで紹介されました。
◆6/4 財経新聞

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 大阪市立大学大学院理学研究科の中澤重顕特任准教授、工位武治特任教授、愛知淑徳大学健康医療科学部の菅野友美教授、農業・食品産業技術総合研究機構食品研究部門の亀谷宏美主任研究員らは、鉄イオン運搬酵素であるトランスフェリン※1が、マイタケに存在することを世界で初めて特定しました。
 菌類に属するマイタケに存在するトランスフェリンは、ヒトの血中に含まれているトランスフェリンと鉄イオンの結合部位が酷似していることを、極低温実験(-269 ℃)と高度な量子化学理論計算によって証明しました。
 本研究は摂取することでさまざまな薬理効果があるといわれているキノコの食品機能性に関連する科学的根拠を世界で初めて示したもので、これまで信じられてきた「脊椎動物や昆虫などの生命系に共通に存在すると言われているトランスフェリン酵素は菌類には存在しない」という通説を覆すものです。本研究成果は、国際学術誌Food Chemistryのオンライン版に、2018年5月28日(日本時間)に掲載されました。

※1 トランスフェリン…血液中に含まれる金属タンパク酵素であり、鉄を体内の各組織へ運搬する役割を担う

本研究のポイント

・キノコが身体に良い理由を、金属タンパク酵素を特定し科学的根拠を提示!
・トランスフェリンはキノコ類(菌類)に存在しないという通説を覆す成果!

研究の背景

 「病気を予防し、健康を維持し、長寿を全うする」ことは世界中の人々の願いであり、それを高価な薬に頼らずに、日常的に摂取する食品の機能性で実現できることがわかれば非常に有用な情報になります。食品界では、ある種のキノコを摂取することによって、がん、動脈硬化症、糖尿病、肝硬変などの疾患や老化を予防できるのではないかと言われていますが、その科学的根拠が乏しいのが現状です。
 紫外線などが原因で体内に過剰生成されるフリーラジカルなどの活性酸素は酸化ストレスとなり、疾患や老化に関与していると考えられています。キノコには抗酸化活性能があり、キノコ中の抗酸化物質がラジカルを消去し、疾患や老化を予防すると言われていますが、キノコに含まれているエルゴチオネインやポリフェノールといった一般的な抗酸化物質と抗酸化活性との間に定量的な相関がないことから、キノコに含まれているどの成分が抗酸化活性に関与しているのかを明らかにすることが課題となっていました

研究内容

 本研究グループは、これまでほとんど着目されてこなかったキノコ中の金属タンパク酵素の存在の可能性に注目し、極低温(-269 ℃)下の電子スピン共鳴法2を用いて鉄イオンタンパク酵素がマイタケに存在することを突き止め、それがヒト血中に存在する鉄イオン輸送酵素であるトランスフェリンと同じであることを高度な量子化学計算を駆使して特定しました。
 食用キノコの1種であるマイタケの乾燥試料を2~4mm程度に刻んだものをサンプルとして、-269 ℃で電子スピン共鳴測定すると室温では測定されていなかった信号が観測されました。この信号を精密な量子化学的な手法に基づくスペクトルシミュレーションを用いて解析した結果、スペクトル信号を特徴づけるパラメータ S = 5/2, g = (2.0045, 2.0035, 2.235), |D| = 0.275 cm-1, |E| = 0.0165 cm-1を得ました。これらのパラメータは、ヒトの血中の鉄トランスフェリンの値に酷似するものでした。本実験結果から、観測されたスペクトル信号は鉄イオン(3価)タンパク酵素であるトランスフェリンに由来することが分かりました。本研究では高度な量子化学理論計算を行うことで、マイタケに含まれているトランスフェリンはヒトの血中のものと同じであると明らかにしただけでなく、鉄イオンの結合部位の化学的性質も明らかにしました。
 キノコは、他の生命系とは生命進化の早い段階で分れて独自に進化しており(菌類を形成)、脊椎動物や昆虫をはじめとした他の生命系に共通して存在すると言われているトランスフェリン酵素は菌類にはないと信じられていましたが、本研究成果はこの通説を覆し、業界に一石を投じるものです。

※2 電子スピン共鳴法…磁気的性質をもった金属イオンやラジカルなどを研究するうえで最も優れた高感度高分解能分析法。微量のラジカルや金属イオン種の同定やそれらの分子構造を明らかにでき、そのうえ食品を破壊することなくそのままの状態で測定することが可能

期待される効果・今後の展開

 本研究にてマイタケ中の鉄イオンタンパク酵素が分光分析学的に特定されたことにより、今後はマイタケ以外のキノコに含有されるトランスフェリンや金属タンパク酵素を単離結晶化し、全分子構造の解析・同定する試みが活発になり、キノコの抗酸化能をはじめとした金属タンパク酵素の役割が研究され、科学的根拠に基づいたキノコの食品機能性理解が進むと期待されます。

掲載誌、資金情報について

雑誌名:Food Chemistry
論文名:Fe-Transferrins or their homologues in ex-vivo mushrooms as identified by ESR spectroscopy and quantum chemical calculations: a full spin-Hamiltonian approach for the ferric sextet state with intermediate zero-field splitting parameters
著 者:Shigeaki Nakazawa, Tomomi Kanno, Kenji Sugisaki, Hiromi Kameya, Miki Matsui, Mitsuko Ukai, Kazunobu Sato, Takeji Takui
掲載URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0308814618309038

 本研究は、AOARD Scientific Project on “Quantum Properties of Molecular Nanomagnets” (Award No.FA2386-13-1-4029, 4030, 4031), AOARD Project on “Molecular Spins for Quantum Technologies” (Grant No. FA2386-17-1-4040), JSPS KAKENHI Grant Numbers 17H03012, 17K05840の対象研究です。また、Grants-in-Aid for Scientific Research on Innovative Areas (Quantum Cybernetics), Scientific Research (B) (No. 23350011), Grants-in-Aid for Challenging Exploratory Research (No. 25620063), FIRST Quantum Information Processing Project, Open Advanced Research, Facilities Initiative Program from the MEXTの一部対象研究です。