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肺癌に対する抗PD-1抗体治療中止後の治療効果持続メカニズムの一端が明らかに

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この研究発表は下記のメディアで紹介されました。
◆10/5 朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞、日本経済新聞、日刊工業新聞

本研究のポイント

◆Tリンパ球に抗PD-1抗体(ニボルマブ)が結合している状態をモニターする方法、さらにニボルマブが結合したTリンパ球だけを回収して網羅的に解析する方法を開発した。
◆この方法により、患者さんが治療をやめてからも、ニボルマブが20週間以上Tリンパ球に結合していることを見出し、治療効果が持続する可能性が示唆された。
◆抗PD-1抗体の体内薬物動態を経時的に評価することは、治療関連の副作用マネジメントや次に使用するべき治療薬の選択に有用である可能性が示唆された。

概要

 大阪大学大学院医学系研究科の長 彰翁 大学院生、小山 正平 助教(呼吸器・免疫内科学)、独立行政法人国立病院機構刀根山病院 上浪 健医師(呼吸器腫瘍内科)、大阪市立大学大学院医学研究科 藤本 康介 助教(ゲノム免疫学)らの研究グループは、Tリンパ球に抗PD-1抗体※1(ニボルマブ)が結合している状態をモニターする方法を開発し、患者さんが治療をやめてからも、ニボルマブが20週間以上Tリンパ球に結合していることを見出しました。
 近年、免疫チェックポイント阻害剤を用いたがん免疫療法の有効性が証明され、現在、様々ながんに治療適応が拡大されています。肺癌においてもその有効性が証明され、従来の治療では考えられないような長期生存を得られる症例も増えています。この治療は非常に強力な治療である反面、限られた患者のみに治療効果が認められることや、免疫療法ならではの特徴的な副作用を起こすことなど、解決すべき課題が残されています。そのため、個々の症例で抗PD-1抗体に代表される免疫チェックポイント阻害剤の体内薬物動態をモニタリングし、治療の効果予測や副作用のマネジメントを行うことは非常に重要であると考えられます。
 研究グループは、抗PD-1抗体(ニボルマブ)を投与された非小細胞肺癌患者から少量の血液を採取するだけで、Tリンパ球上のPD-1の発現やニボルマブの結合の状態を簡単に評価する方法を開発しました。さらに、ニボルマブ治療を受けていたが、治療が有効ではなかったり、副作用が起こったりして、治療中止となった患者の血液を経時的に採取することにより、治療中止後も血液中のTリンパ球においてニボルマブの結合は20週間を超えて確認されることを明らかにしました。また、少数例の解析ではありますが、Ki-67というTリンパ球の増殖・活性化マーカーを、結合状態と同時に評価した際、次の抗がん剤治療が有効であった患者では、無効であった患者と比較して、Tリンパ球のKi-67の発現が維持されていることが明らかとなりました。
 本研究成果は、ニボルマブは治療中止後でも、Tリンパ球に記憶を残すというメカニズムに加えて、薬物動態的にも長期間治療効果を維持するポテンシャルがあり、免疫関連副作用や次治療の抗がん剤治療に少なからず影響を与える根拠を示しました。治療抗体の結合だけでなく、Tリンパ球の活性化状態を同時にモニターすることは、次の治療薬の効果を評価したり、副作用をマネジメントしたりする際に有効である可能性が期待されます。
 本研究成果は、米国科学誌「JCI insight」に、10月4日(木)22時(日本時間)に公開されました。

 

図:ニボルマブとTリンパ球の結合の様子。<br />
治療中止後のニボルマブとTリンパ球の結合状態は<br />“完全結合”、“部分結合”、 “結合なし”と3つの状態に分けられる。
図:ニボルマブとTリンパ球の結合の様子。
治療中止後のニボルマブとTリンパ球の結合状態は
“完全結合”、“部分結合”、 “結合なし”と3つの状態に分けられる。

 

 

 

研究の背景

 近年、肺癌に対する治療の進歩は目覚ましく、がん免疫療法、特に免疫チェックポイント阻害剤の登場により、以前では考えられないような長期生存を得られる症例も散見されます。本邦において肺癌に対する免疫チェックポイント阻害剤として初めて認可されたのは抗PD-1抗体のニボルマブであり、研究も盛んに行われていますが、ニボルマブを中止した後の長期間の薬物動態モニタリングが行われた研究はなく、どの程度の期間、効果や副作用が持続するのかは明らかになっていませんでした。

本研究の成果

 大阪大学医学部附属病院と協力施設である国立病院機構刀根山病院において、ニボルマブを投与された患者で副作用や治療無効などの理由で治療中止となった患者の血液をフローサイトメトリーという機械を用いて、経時的に計測しました。その結果、Tリンパ球とニボルマブの結合の状態は“完全結合”、“部分結合”、 “結合なし”という3つの状態に分けられることが判明し、治療中止後も20週間以上の長期間にわたり、“完全結合”の状態が維持されることが分かりました(図)。   
 肺癌ではニボルマブ投与中止後に抗がん剤を投与されることが多いですが、どのような抗がん剤治療を行っても、Tリンパ球上にニボルマブは結合したままの状態であり、抗がん剤治療はニボルマブの結合に影響しないことも明らかとなりました。この研究結果より、ニボルマブ中止後もその治療効果は一部残存しており、ニボルマブ中止後に比較的早期に抗がん剤治療を行った症例において、薬物動態上は抗がん剤治療とニボルマブの併用治療となっている可能性が示唆されました。治療という観点では相乗効果が望めることからプラスに働くと考えられますが、副作用の観点から見ると、治療中止後も影響が長期間残存すると考えられ、ニボルマブをはじめとした抗PD-1抗体治療を行っている患者では、長期間の副作用モニタリングが必要であるという実臨床においても非常に重要な知見を得ることができました。
 また、少数例の解析ですが、ニボルマブが結合したTリンパ球において、Ki-67というTリンパ球の増殖・活性化マーカーを同時に評価することもでき、次の抗がん剤治療が有効であった患者さんでは無効であった患者さんと比較して、Tリンパ球のKi-67の発現が維持されることが明らかとなりました。
 加えて、ニボルマブが結合したTリンパ球のみ回収する方法も開発し、Tリンパ球における遺伝子発現等の網羅的解析を行うことができるようになりました。ニボルマブのTリンパ球への結合状態に加え、患者ごとの免疫状態を様々な方法かつリアルタイムで計測することにより、次治療選択の判断の一助となる可能性が示唆されました。
 本研究の成果により、ニボルマブ中止後の次治療である抗がん剤治療が有効になるかどうかの効果予測をしたり、薬剤の体内薬物動態を見ながら、副作用をマネジメントするといった、患者ごとに最適な治療を行うオーダーメイド医療につながる可能性が期待されます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究の成果により、ニボルマブ中止後の体内での薬物動態が明らかとなり、投与中止後もニボルマブがTリンパ球に結合している期間は20週以上と長期間にわたることが明らかとなりました。また結合の持続時間は、中止までの投与回数やその後の抗がん剤治療の種類やステロイド投与などに影響されないことも分かりました。臨床においては、治療中止後も長期に効果が持続する可能性があることを念頭に入れながら、副作用のコントロールおよび最適な次治療の選択を行っていくことが重要であり、本研究成果はその一助になると考えられます。またニボルマブが結合したTリンパ球のみを回収し、その遺伝子発現プロファイルを評価できることから、より詳細な治療効果予測および副作用発症機序の解明に応用できる可能性が期待されます。

特記事項

 本研究成果は、2018年10月4日(木)22時(日本時間)に米国科学誌「JCI insight」(オンライン)に掲載されます。

【タイトル】
“Clinical implications of monitoring nivolumab immunokinetics in non–small cell lung cancer patients”
【著者名】
Akio Osa1,2#, Takeshi Uenami3#, Shohei Koyama1,2#*, Kosuke Fujimoto4,5#, Daisuke Okuzaki6, Takayuki Takimoto1, Haruhiko Hirata1, Yukihiro Yano3, Soichiro Yokota3, Yuhei Kinehara1,2, Yujiro Naito1,2, Tomoyuki Otsuka1, Masaki Kanazu3, Muneyoshi Kuroyama1, Masanari Hamaguchi1, Taro Koba1,2, Yu Futami1,2, Mikako Ishijima3, Yasuhiko Suga1,2, Yuki Akazawa3, Hirotomo Machiyama1, Kota Iwahori1, Hyota Takamatsu1,2, Izumi Nagatomo1, Yoshito Takeda1, Hiroshi Kida1, Esra A. Akbay7, Peter S. Hammerman8, Kwok-kin Wong9, Glenn Dranoff8, Masahide Mori3, Takashi Kijima1,2*, Atsushi Kumanogoh1,2,10*
(*責任著者、#同等貢献)
【所属】
1 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
2 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 感染病態分野 
3 独立行政法人国立病院機構 刀根山病院呼吸器腫瘍内科
4 大阪市立大学 大学院医学研究科 ゲノム免疫学
5 東京大学医科学研究所 国際粘膜ワクチン開発研究センター 自然免疫制御分野
6 大阪大学 微生物病研究所 感染症DNAチップ開発センター
7 米国 テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンター Department of Pathology
8 米国 ノバルティスバイオメディカル研究所
9 米国 ニューヨーク大学ランゴン医療センター ローラ・アイザック・パールマターがんセンター 
10 大阪大学 先導的学際研究機構 生命医科学融合フロンティア研究部門

用語説明 

※1 抗PD1抗体
 がんを攻撃する役割を持つ活性化したTリンパ球上に発現するPD-1という分子が、がん細胞に発現しているPD-L1やPD-L2という分子と結合することにより、Tリンパ球の活性化が抑制されます(がんの免疫回避機構)。
 抗PD-1抗体は、この活性化したTリンパ球上のPD-1と結合することにより、がん細胞上のPD-L1やPD-L2とTリンパ球上のPD-1が結合するのを阻害します。つまり、がん細胞からのTリンパ球への抑制シグナルを阻害することにより、Tリンパ球が活性化したままの状態を維持することにより、抗腫瘍効果を発揮する薬剤であり、さまざまながん腫において、その治療の有効性が証明されています。