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電子スピンを用いてエキシマーの形成初期過程を解明

2019年01月22日掲載

研究・産学

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概要

 有機ラジカル(注1)は通常は発光しないものが多いですが、近年、発光性のラジカルが報告されています。昨年には、この発光性ラジカルをその前駆体(注2)にドープした試料では、光励起によるエキシマー(注3)の形成と、発光の磁場による変化が報告されました。
 大阪市立大学大学院理学研究科の手木芳男教授のグル―プは、東京大学大学院理学系研究科の草本哲郎助教(現在、東京大学大学院理学系研究科客員共同研究員、分子科学研究所准教授)・西原寛教授のグループと共同で、上記の発光の磁場変化を示す試料の光励起状態を研究し、エキシマー形成の初期状態として弱く相互作用した対状態が最初に形成され、そこからエキシマー状態に移っていく様子を、電子スピンを探針として利用して初めて明らかにしました。
 本内容は、2019年1月21日(現地時間)にEUの化学分野の国際学術雑誌『Angewandte Chemie International Edition』のオンライン版に掲載されました。 

(注1)有機分子の中でも化学結合が1本切れた分子で、対をつくっていない電子による電子スピンをもつ。本研究では、この電子スピンを励起状態のダイナミクスを探る探針として用いた。
(注2)酸化反応などにより化学結合を切ってラジカルにする一つ前の状態。分子の骨格構造は、ラジカルと類似しているため、今回の系ではラジカルを前駆体の結晶に取り込んだ結晶を作成できる。
(注3)エネルギーの低い基底状態と光で励起された高エネルギー状態の分子からなる2分子の会合体

雑誌名:Angewandte Chemie International Edition(IF:12.102)
論文名:Luminescent Radical-Excimer: Excited-State Dynamics of Luminescent Radical in the Doped Host Crystals
著者: Ken Kato, Shun Kimura, Tetsuro Kusamoto, Hiroshi Nishihara, Yoshio Teki
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.201813479

研究の背景

 発光性の有機材料は、有機ELの候補として盛んに研究されてきました。有機ラジカルは、長い間、発光しにくい材料として考えられてきましたが、近年、発光する有機ラジカルが報告され始め、また、その特殊な電子状態のためエネルギー変換効率の高い発光素子としての応用可能性も提案されています。しかし、新しい発光材料としての可能性を秘めた、発光性の有機ラジカルの光励起状態の詳細は未解明の課題でした。
 また、光励起状態と基底状態の分子が会合して形成されるエキシマー状態は、古くから知られており、エキシマーを利用したレーザー等に応用されてきました。エキシマー状態からの発光を与える励起スペクトルは、会合前の分子の吸収スペクトルとほぼ同じスペクトルを与えることは、これまでにも知られていましたが、励起後どのような過程を経てエキシマー状態が形成されるかの詳細は不明でした。

実験の方法

 有機ラジカルは、化学反応の中間体や高分子重合の制御を可能にする物質として、また、なかでも、空気中でも長時間安定な有機ラジカルは、磁性材料や二次電池の材料として、応用研究の側面からも注目されてきました。しかし、その光学特性、とくに発光特性と励起状態は、あまり着目されてきませんでした。近年、複数の研究グループにより、発光性の有機ラジカルが合成され、それらの電界発光(EL)等も研究され始めました。
 なかでも、2014年に東京大学の草本哲郎助教・西原寛教授のグループにより合成された(3,5-dichloro-4-pyridyl)bis(2,4,6-trichlorophenyl)methyl(以下、PyBTMと略す)は、光耐久性がひじょうに高く、また、そのラジカルを前駆体にドープした状態では、89%もの高い発光量子収率を示し、高濃度ドープ試料において、液体ヘリウム温度(4.2 K)の極低温で100%を超える大きな発光の外部磁場に対する変化(磁場効果)も観測されました。しかし、この磁場効果の機構や、発光性ラジカルの励起状態の挙動については、全く明らかになっていませんでした。
 いっぽう、大阪市立大学の手木芳男教授のグループは、これまでにπ共役した安定ラジカルの光励起状態での電子スピンの整列現象や、その励起状態でのダイナミクスを解明してきました。これまでに、世界で初めてπラジカルの高スピン光励起状態の実験的検証にも成功しています。
 今回の研究は、両グループの共同研究として、PyBTMラジカルを前駆体にドープした試料を用いて、時間分解発光スペクトルと発光をモニターして電子スピン共鳴を検出する光検出磁気共鳴(ODMRと略)により、発光性ラジカルの励起状態物性とそのダイナミクス(動力学的過程)を明らかにしました。本研究の特色としては、これまでの発光性有機分子材料の研究と異なり、対をつくっていない電子からなる電子スピンを分子内に一つ持つラジカル材料を用いることにより、電子スピンを探針として利用することができ、励起状態でのエキシマー形成の初期過程や、そのダイナミクスがスピン化学の視点から初めて詳細に解明できた点を挙げることができます。

図1 PyBTMを前駆体にドープした試料のODMRスペクトルの一例
図1 PyBTMを前駆体にドープした試料のODMRスペクトルの一例


 右に観測されたODMRの一例を示します(図1)。モノマー(会合していない分子)による蛍光を通じて電子スピン共鳴を観測した場合、発光の増加が観測され、エキシマー発光を通じて電子スピン共鳴を観測した場合、発光の減少が観測されました。さらに、検出波長の依存性を調べることにより、見積もった発光の増加と減少の総変化量の大きさはほぼ同じであることが分かり、このODMRは両者に密接な結びつきがあることを実験的に示しました。
 また、時間分解発光スペクトルの解析と、量子力学に基づいたダイナミクスによるODMRスペクトルのシミュレーションから、光励起直後では、励起状態にあるラジカルと基底状態にあるラジカルとの間で、弱く相互作用したラジカルの対が、最初に形成され、そこからスピン選択的にエキシマー状態に移っていく過程と、ラジカル対が再び解離する過程が存在することも明らかになりました。

 図2には、今回明らかになったこの系の励起状態ダイナミクスを図示しました。エキシマーに移っていく前の光励起直後では、最初に励起されたラジカルR*と基底状態にあるラジカルRとの間で対(R*---R)が形成され、それらの間の相互作用はきわめて弱いことが明らかになり、エキシマー状態からの発光を与える励起スペクトルが、会合前の分子の吸収スペクトルとほぼ同じスペクトルを与えることを矛盾なく説明できました。

図2 PyBTMを前駆体にドープした試料の励起状態ダイナミクス
図2 PyBTMを前駆体にドープした試料の励起状態ダイナミクス


 また、この弱く相互作用した状態を経由してスピン選択測にしたがって、R*とRの間で(化学結合に相当するような)強く相互作用した状態の一重項エキシマー1(R-R)*に移っていくことが分かりました。さらに、このエキシマー形成の中間状態である弱く相互作用したラジカル対が、特異な発光の磁場効果の起源であることも同時に明らかになりました。

期待される効果

 発光性ラジカルの励起状態とそのダイナミクスがさらに明らかになることにより、有機分子の励起状態とそこからの発光過程や、その対極にある無輻射遷移過程(光を発しないでエネルギーを失活する過程)の学術的解明に大きく寄与します。

今後の展望

 発光性ラジカルを用いた発光デバイスの開発へと発展していくことが期待できるだけでなく、多様なスピン状態をとる有機物質の励起状態のさらなる解明により、ラジカルの励起状態を利用する新規デバイスの開発へと発展していくことが期待できます。

資金援助

 本研究は、JSPS KAKENHI Grant Numbers JP16H04136、JP17H04870の資金援助で実施されました。