公立大学法人大阪市立大学
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抗老化薬開発の第一歩!!~高血圧治療薬「メトラゾン」が 線虫の寿命延伸に効果があることを実証!~

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本研究のポイント

 ◇線虫を使ったスクリーニングにより約3000種類の医薬品等化合物を評価し、既存薬の寿命延伸効果を効率的に評価

◇高血圧治療薬である利尿降圧剤メトラゾンが、ミトコンドリアストレス応答経路を介して線虫の寿命を延伸させる効果があることを実証

概要

大阪市立大学大学院生活科学研究科の中台(鹿毛)枝里子教授らの研究グループは、ミトコンドリアストレス応答の活性化を緑色蛍光タンパク質GFPで捉えることができる線虫を用いて既存薬スクリーニングを行い、高血圧治療薬である利尿降圧剤メトラゾンに線虫の寿命を延伸させる効果があることを明らかにしました。また、メトラゾンによる寿命延伸効果は、ミトコンドリアストレス応答経路を介して発揮されることも確認しました。線虫は、遺伝子レベルでヒトとも相同性があり、寿命が最大でも約3週間と短いことなどから、老化研究のモデル動物としてよく用いられています。哺乳動物やヒトにおいても同様の作用がみとめられるかについては今後さらなる検証を要しますが、今回の発見は、メトラゾンの新たな薬効を示唆するとともに、ミトコンドリアストレス応答という抗老化のターゲットや抗老化薬の開発という新たなコンセプトの提示につながることが期待されます。

本研究の成果は、科学雑誌『Biogerontology』(11月20日)に掲載されました。

研究の背景

健康長寿社会の実現が喫緊の課題である今、抗老化の新しいターゲットに関する研究の重要性が増しています。近年、ミトコンドリアストレス応答(ミトコンドリアUPR: mitochondria unfolded protein response)と長寿の密接な関わりが線虫やマウスにおいて明らかになりつつあります。ミトコンドリアストレス応答とは、ミトコンドリアに負荷された軽度ストレスに対抗するために核遺伝子の発現プログラムが誘導される現象であり、結果として細胞や個体のレジリエンスが向上すると考えられています。線虫やマウスのみならず、少なくとも細胞レベルではヒト培養細胞においても同様の現象が確認されています。つまり、ヒトの健康長寿の実現のため、ミトコンドリアストレス応答を制御するような介入が有効である可能性が考えられます。しかし、これまでにそのような作用を持つ化合物として報告されたものは、ヒトには投与できない試薬類や、長期服用には不向きな抗生物質、抗がん剤などに限定されていました。

研究の内容

本研究チームは、ミトコンドリアストレス応答を活性化して個体の寿命を伸ばす化合物を見つけるため、線虫C. エレガンスを用いたスクリーニングを行いました。C. エレガンスは成虫でも体長1 mmほどの小さな動物であり、体が透明なため、生体内の反応を効率よく観察できるという利点があります。また、ヒト遺伝子の約60-70%について相同な遺伝子を持ち、寿命が最大でも約3週間と短いことなどから、老化研究の代表的なモデル動物の一つでもあります。

今回、ミトコンドリアストレス応答の活性化を緑色蛍光タンパク質GFPで捉えることができる線虫を使って、約3000種類の医薬品等化合物を評価しました(図1)。

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その結果、高血圧治療薬であるメトラゾンがミトコンドリアストレス応答を活性化させることがわかりました。メトラゾンを投与した線虫の寿命を測ってみると、投与しない線虫に比べて寿命が長くなることがわかりました(図2)。また、メトラゾンによる寿命延伸効果は、ミトコンドリアストレス応答経路を介して発揮されることも確認しました。

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期待される効果

COVID-19についても盛んに研究されているように、近年、既存医薬品を本来とは別の疾患に適応しようとする「ドラッグリポジショニング」「ドラッグリパーパシング」と呼ばれる手法が注目されています。このようなアプローチには、当該化合物についてヒトでの薬物動態・安全性が既に確認されているというアドバンテージがあります。本研究チームは今回線虫を用いて、高血圧治療に使われる利尿降圧剤メトラゾンの寿命延伸効果を発見しました。今回の発見は、メトラゾンという薬の新たな薬効を示唆するとともに、ミトコンドリアストレス応答という抗老化のターゲット、抗老化薬という新たなコンセプトの提示につながる可能性があり、今後、非臨床試験においてメトラゾンの抗老化作用の検証を重ねたうえで、ヒトでの検証へ繋がることが期待されます。

今後の展開について

「老化」は疾患ではないため、今のところ医薬品の適応範囲外にあります。一方で、NAM(ニコチンアミドモノヌクレオチド)や糖尿病治療薬であるメトホルミンなどの抗老化作用に関する臨床試験も進められています。これらの化合物はいずれも酵母や線虫などの「下等な」生物において知見が蓄積し、その後マウスなどの哺乳動物でも同様の作用がみとめられてきた経緯があります。本研究チームは、今回得られた知見について高等動物などでさらなる検証を積み重ねるとともに、メカニズムについての基礎的な知見を集積し、抗老化薬開発への足掛かりにしていきます。

資金情報

本研究は下記の資金援助を得て実施されました。

・科学研究費助成事業「ミトコンドリアストレス応答を介して寿命を延伸する化合物の同定と作用機序解明」(18K10998)

・日本医療研究開発機構AMED (東京大学再委託分) 受託研究「ドラッグリポジショニングを指向した老化治療薬開発のための個体丸ごとスクリーニング」

・大阪市立大学戦略的研究「ミトコンドリアストレス応答活性化による『抗老化薬』の戦略的開発」

掲載誌情報

【掲 載 月】 2020年11月

【発表雑誌】 Biogerontology

【論 文 名】 Metolazone upregulates mitochondrial chaperones and extends lifespan in Caenorhabditis elegans

【著    者】 Ai Ito*, Quichi Zhao*, Yoichiro Tanaka, Masumi Yasui, Rina Katayama, Simo Sun, Yoshihiko Tanimoto, Yoshikazu Nishikawa and Eriko Kage-Nakadai. *同等貢献


【論文URL】https://doi.org/10.1007/s10522-020-09907-6