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色覚の進化に驚きの事実!ヤツメウナギの松果体(脳内器官)による色検出メカニズムを解明

                        プレスリリースはこちらから
この研究発表は下記のメディアで紹介されました。
◆9/16  オプトロニクスオンライン

本研究のポイント

 ◇2種類の光受容タンパク質1をそれぞれ含む2種類の光受容細胞で色検出していることを発見
◇魚類や爬虫類では、2つの細胞に分かれていた光受容システムが1つの細胞に纏まる方向に進化したことを提唱
◇松果体2による色検出のメカニズムの進化は、目の色検出メカニズムの進化とは逆であることが明らかに

1 光受容タンパク質…光をキャッチするタンパク質で、細胞が光を検出するために必須となる分子。
2 松果体…目と進化発生的に非常に密接な関係にある脳内器官で、哺乳類を除く脊椎動物においては目と同様に光を感じる。
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概要

 大阪市立大学大学院 理学研究科の和田 清二(わだ せいじ)特任助教、小柳 光正(こやなぎ みつまさ)教授、寺北 明久(てらきた あきひさ)教授らの研究グループは、奈良女子大学の研究グループと共同で、哺乳類以外の脊椎動物において「第3の目」とも呼ばれる松果体の光感覚のメカニズムについて、脊椎動物の中で「原始的」とも呼べる特徴を多く残し、進化研究で重要視されてきた円口類ヤツメウナギを用いて解析しました。その結果、異なる2種類の光受容タンパク質をそれぞれ含む2種類の光受容細胞を用いて色を感じるという、松果体色感覚の新規のメカニズム(2細胞システム)を発見しました。
 本研究グループは、魚類と爬虫類の松果体では、ヤツメウナギの場合とは異なり、上述の2種類の光受容タンパク質が一つの細胞にセットになって存在する1細胞システムにより色検出していることを既に明らかにしています。今回の研究成果から、強い光の下では、1細胞システムの方が2細胞システムよりも明瞭な色検出が可能であることが明らかになり、現存する魚類や爬虫類がもつ1細胞システムは、もともと目と同じように2つの光受容タンパク質が別々の2細胞に別れていた2細胞システムが 1つの細胞中に融合したかのような進化を遂げた結果である可能性を示しています。すなわち、より多くの細胞を巻き込んで進化したとされる目の色検出のメカニズムの進化とは異なり、2細胞から1細胞の方向に進化したことを初めて提唱するものです。これは、松果体色検出についてこれまでの常識を覆すとともに、進化のみならず未解明の機能を探る上で重要な発見といえます。
 本研究成果は、国際学術誌『BMC Biology』に2021年9月16日午前9時(日本時間)にオンライン掲載されました。

研究者からのコメント

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和田特任助教   寺北教授   小柳教授

魚類や爬虫類は、目の他に松果体と呼ばれる第3の目でも色を検出します。今回、円口類ヤツメウナギの松果体色検出機構の生理学的な解析の結果に基づき、2細胞に分かれていた松果体の色検出メカニズムは、進化の過程で、丸ごと1つの細胞に纏められたという驚きの進化シナリオを提唱しました。

研究の背景

 近年、人を含めた多様な動物において、目以外にも光受容タンパク質が存在することが明らかになり、視覚以外の光受容(非視覚)がどのような機能と関係しているのかが、ヒトのQOL向上の視点からも注目されています。脳内に存在する松果体は、視覚(目)以外の光受容のモデルシステムとして注目されています。

研究内容

  人の色覚では、3種類の色(赤、緑、青)の光をキャッチする光受容タンパク質が異なる光受容細胞に存在し、それら異なる色の光を感じる細胞によりキャッチされた光情報が、複雑な神経回路により処理されることにより、色を見分けることができます。
 一方、円口類、魚類や爬虫類などの脊椎動物では、目に加えて松果体でも色検出を行います。具体的には、光に含まれる紫外(UV)光と可視光の比率を検出(色検出)しています。本研究グループは、以前、魚類や爬虫類の松果体色検出システムは、目のシステムとは異なり、UVを感じる光受容タンパク質と緑色光を感じる光受容タンパク質のセットが、1つの光受容細胞に存在する1細胞システムであることを見出していました。
 今回、機能的な特徴や進化学的な知見が得られることを期待して、脊椎動物の中で最も古くに枝分かれしたことから重要な進化研究対象とされている円口類のヤツメウナギ(図1)についてどのような松果体色検出システムを持っているのかを解析し、魚類や爬虫類のシステムと比較しました。

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 まず、ヤツメウナギのゲノムDNA配列の中に、魚類や爬虫類などの他の脊椎動物が松果体色検出に利用している2つの光受容タンパク質をコードする遺伝子のセットが存在することを確認しました。次に、これらタンパク質遺伝子の発現を解析したところ、驚くべきことに、2つの光受容タンパク質は別々の細胞に発現していることを見出しました。つまり、ヤツメウナギの松果体では、1細胞システムではなく、2種類の光受容タンパク質が別々の光受容細胞に存在する2細胞システムであることが示唆されました (図2)。

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 先行研究から、1細胞システムは、UVを受容すると細胞の分極が増大する応答(過分極)を生じ、可視光を受容すると、その逆の応答である脱分極が生じることが知られています。細胞応答を解析した結果、ヤツメウナギの2細胞システムでは、光受容により、UVを感じる細胞は過分極応答し、可視光を感じる細胞は脱分極することを解明しました。さらに、光受容タンパク質がキャッチした光情報が細胞応答に変換される過程に関与するタンパク質を調べたところ、2細胞システムのUVと可視光に応答する細胞で利用されているタンパク質(それぞれ、Gt、Goと呼ばれる)は、それぞれ、1細胞システムにおいてUV応答と可視光応答に関与しているものと同一でした(図3)。すなわち、組織化学的、電気生理学的に解析した結果、ヤツメウナギの松果体色検出システムは、2細胞システムであり、その2細胞に別々に存在する異なるメカニズムを1つの細胞の中に融合させたものが1細胞システムであることを明らにしました。
 さらに、2細胞システムでは、それぞれの光受容細胞が同じ神経伝達物質を用いて信号を次の細胞に送ることにより、情報が統合され色情報が生成される(図3)という本論文でのさらなる仮説も合わせて検証した結果、 強い光の下での色検出については、1細胞システムの方が2細胞システムよりも優れていると考えられました。すなわち、松果体の色検出システムは、2細胞からより優れた側面を持つ1細胞へと進化を遂げたと考えられました。
 一方、私たちの目は、進化の過程で、赤、青、緑などの色を感じる光受容タンパク質が別々に1種類ずつ存在する細胞を獲得し、それらの光情報を複雑な神経回路を使って統合するしくみへと最適化されたと考えられています。つまり、脊椎動物における色検出システムは、目では別々の細胞に光受容タンパク質が1種類ずつ存在する2細胞(多細胞)システムとして進化したのに対し、松果体では2つのメカニズムが1つの細胞に融合したような進化をしたと考えられ、目とは逆方向性の進化を遂げたと想像されます。


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期待される効果

 視覚を担う目と視覚以外の機能を担う松果体は、同じ細胞から発生します。ヤツメウナギの分岐以降の脊椎動物において、松果体の色検出システムが1細胞システムへと大きく変化したという考察は、視覚と非視覚の機能や進化的な理解を促進すると思われます。また、今回の進化的な洞察は、多細胞システムを1細胞システムに纏めることが可能であることを示唆するもので、色覚障害に対する色覚再生において、複雑な多細胞システムの再構築にとらわれず、1細胞システムの利用が将来的に選択肢の1つとなる可能性も考えられます。

今後の展開

 脊椎動物の松果体色検出システムが、どのような生理機能と関わるのかについては、実験的証拠はなく、現時点では推測の域を出ません。今回得られた進化に関わる洞察から、ヤツメウナギでは弱い光条件、魚類や爬虫類では比較的強い光環境において、視覚以外の光応答を行動実験などで比較することで、生理機能との関わりや2細胞システムと1細胞システムの意義などについても明らかにできる可能性があります。

掲載誌情報

【雑誌名】 BMC Biology
【論文名】Insights into the evolutionary origin of the pineal color discrimination mechanism from the river lamprey.
【著 者】Seiji Wada, Emi Kawano-Yamashita, Tomohiro Sugihara, Satoshi Tamotsu, Mitsumasa Koyanagi and Akihisa Terakita
【U R L】https://bmcbiol.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12915-021-01121-1