公立大学法人大阪市立大学
Facebook Twitter Instagram YouTube
パーソナルツール
新着情報

ビクトリア湖地域におけるマラリア原虫の遺伝的多様性を全ゲノム配列データを用いて初めて評価

プレスリリースはこちらから

本研究のポイント

◇マラリア原虫の遺伝学的集団構造解析によってケニア・ビクトリア湖地域における
 熱帯熱マラリア原虫の多様性が明らかに
◇ビクトリア湖地域の分離株に既知の薬剤耐性マーカーを発見
◇マラリア撲滅に向けた介入試験の効果を、原虫遺伝学的に評価できる可能性

概要

211028-4.png

  大阪市立大学大学院 医学研究科 寄生虫学の金子 明(かねこ あきら)教授らの研究グループと、長崎大学熱帯医学研究所の金子 修(かねこ おさむ)教授、長崎大学熱帯医学・グローバルヘルス研究科の北 潔(きた きよし)教授らの研究グループは、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院、マウント・ケニア大学との共同研究で、ケニア西部・ビクトリア湖地域におけるマラリア原虫ゲノム多様性についてのベースラインを示すために、ケニアの2つの島(ムファンガノ島とンゴデ島)と、本土内スバ地区の小学校においてマラリア調査を実施しました。
 本研究では、長崎大学-ロンドン大学衛生熱帯医学大学院博士後期課程国際連携グローバルヘルス専攻の学生Ashley Osborne氏が中心となり、培養株化した原虫や、ろ紙に染み込ませた血液サンプルを用いて原虫の全ゲノム配列データを決定し、ケニアおよびアフリカ大陸からの既報の原虫全ゲノム配列と比較しました。集団構造解析の結果、ビクトリア湖地域の熱帯熱マラリア原虫は、東アフリカの中で異なるサブグループを形成していることが明らかになりました
 また、この地域の熱帯熱マラリア原虫には、既知の薬剤耐性マーカーがウガンダやタンザニアなどの他の東アフリカの原虫集団とほぼ同じ頻度で観察されました。本研究は、ビクトリア湖地域におけるマラリア原虫の遺伝的多様性を、全ゲノム配列データを用いて初めて評価したものであり、今後のマラリア撲滅に向けた介入試験の効果を原虫遺伝学的に評価するうえでも重要なものとなります。
 本研究の成果は、2021年10月6日『Scientific Reports』にオンライン掲載されました。また、本研究は、金子明教授が代表となり、長崎大学熱帯医学研究所ケニア拠点などが利用され、当地で展開されているSATREPS(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)「マラリアのない社会の持続を目指したコミュニティ主導型統合的戦略のための分野融合研究プロジェクト、2020-2025」で実施する介入研究の基盤となるものです。

研究者からのコメント

211028-5.png
金子 明教授

島嶼は、介入研究に対して自然の実験系を提供します。私は1987年から関わってきた南西太平洋バヌアツのアネイチュウム島における持続的マラリア撲滅達成からヒントを得て、現在ケニア・ビクトリア湖地域をモデルとして熱帯アフリカのマラリア撲滅に挑戦しています。本研究成果はその基盤となるものです。

研究の背景

 2000年頃よりマラリア感染者数と死亡者数は世界的に減少傾向にありますが、2016年以降、この傾向は鈍化しています。COVID-19パンデミックなどによりマラリア制圧プログラムの停滞がある中で、疫学調査とマラリア原虫集団の構造理解の重要性がクローズアップされ、全ゲノム配列解析が、ビクトリア湖地域のような感染率の高い地域における熱帯熱マラリア原虫集団の遺伝学的多様性を包括的に理解する有用な手段となります。特に、確立された遺伝子座の薬剤耐性マーカーや集団特異的な遺伝子マーカーは、低コストのシーケンスベースのアプローチで十分に検出することができるため、低リソースの環境でも応用が可能となり、全ゲノム配列解析から得られる情報はこうした実装的活用にも期待されます。

研究の内容

  本研究では、ビクトリア湖地域におけるマラリア原虫ゲノム多様性について介入前の状況を示すために、2つの島(ムファンガノ島とンゴデ島)と、本土内スバ地区で行った小学校での横断的マラリア調査から得られた血液サンプルおよびそこから分離した培養株を用い、熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)全ゲノム配列を決定し、得られた配列をPf3Kプロジェクト(https://www.malariagen.net/parasite/pf3k)で公開されているケニアおよびアフリカ大陸から報告された全ゲノム配列と比較しました。集団構造解析の結果、ケニアのビクトリア湖地域から分離された熱帯熱マラリア原虫は、東アフリカの中で異なるサブグループを形成しており(図1)祖先の起源も異なることが明らかになりました。ビクトリア湖の分離株には、中央アフリカと東アフリカの両方の原虫集団に関連する祖先のゲノム断片が高い割合で含まれていました(図2)。この解析結果は、熱帯熱マラリアは中央アフリカで最初に発生した後、初期の人類の移動によって広がり、その後、アフリカ大陸全体に広がったとする現在主流となっている熱帯熱マラリア原虫の起源仮説とよく一致しています。
 また、各地域の原虫集団の遺伝的差異を解析することで、ビクトリア湖のサブグループとアフリカ地域の集団に特有の一塩基多型(SNPs)が確認されました。これらのマーカーは、地域や大陸レベルの解像度を提供する集団特異的なオルガネラSNPsや、感染強度の評価に使用できる原虫抗原遺伝子(例:Pfmsp1およびPfmsp2)のSNPsと組み合わせ、主な感染経路や原虫の移動を判断するための分子サーベイランスツールに利用できる可能性があります。

211028-6.png

 図1 東アフリカ(EAF)、中央アフリカ(CAF)、南中央アフリカ(SCAF)、東南アフリカ(SAF)、西アフリカ(WAF)の各アフリカ大陸およびビクトリア湖島嶼部(LV islands)、ビクトリア湖内陸部(LV mainland)から分離された784株の熱帯熱マラリア原虫から得られた940,191個のSNPsを含むペアワイズ遺伝的距離行列から作成した、(A)主成分分析(PCA)、および(B)Neighbour-Joining (NJ) tree。

211028-7.png

 図2 アフリカ大陸における熱帯熱マラリア原虫の地域集団のゲノムワイドな混血の祖先比率。(A) アフリカ大陸全体の祖先集団を用いた祖先係数の分布図。(B)各地域の集団(列)における分離株(行)ごとの祖先比率。

 ビクトリア湖由来の分離株では、既知の薬剤耐性バイオマーカーが他の東アフリカの原虫集団とほぼ同じ頻度で観察され、クロロキンの耐性マーカーについては、ビクトリア湖由来の分離株や東アフリカの多くの地域由来の分離株に存在していたことがわかりました。薬剤による選択圧力が完全に除去されれば、アフリカ全土の原虫集団にクロロキン感受性が戻ることが予想されますが、耐性マーカーの頻度がゆっくりと減少していることから、これらの多型を維持するためのフィットネスコストは低いあるいは無視されていると考えられます。さらに、スルファドキシン・ピリメサミン(SP)の耐性マーカーがいくつか確認され、そのうち3つの確立されたバイオマーカー(PfdhfrのN51IとS108N、PfdhpsのK540E)は集団内でほぼ固定されていることが確認されました。「妊娠中のマラリアに対する断続的予防治療(IPTp)」としてSPを使用し続けていることは、これらの多型を維持するのに十分な選択圧になっていると考えられます。Pfap2muのS160N/T変異は、アルテミシニンを基軸とする併用療法(ACT)による原虫除去が遅れたケニアの小児で初めて報告されたもので、東アフリカの他の地域と同様の頻度で存在していることが観察されました。ACTに対する耐性においてPfap2muの多型が果たす役割を確認するには、in vivoおよびin vitroでのさらなる研究が必要ですが、複数の地域でこの変異が確認されたことで、薬剤耐性をモニタリングするうえで重要なマーカーであることが示唆されました。

期待される効果

 マラリア対策プログラムの効果を阻害する潜在的な課題を明らかにし、その有効性を維持するためには、薬剤耐性の出現と拡散について原虫集団をモニタリングするとともに、これらの地域内の原虫集団動態を理解することが重要です。この研究は、ビクトリア湖地域におけるマラリア原虫の遺伝的多様性を初めて全ゲノム配列データを利用して評価したものであり、今後の介入試験の効果を原虫遺伝学的に評価するうえでも重要なものとなります。

今後の展開について

 現在、本研究対象地では新規媒介蚊対策法や住民の行動変容を促す経済学的介入、あるいは室内残留型殺虫剤スプレーなどの介入試験が予定されており、すでに介入試験の一部が実施されています。こうした試験と並行して収集される原虫サンプルからも同様に全ゲノム配列を決定し、その配列データを本研究成果と比較検討することにより、上記の介入試験がマラリア原虫の集団に対して与える影響、あるいは対策効果の地域特性が検証可能になると考えられます。

掲載誌情報

【雑誌名】 Scientific Reports
【論文名】Characterizing the genomic variation and population dynamics of Plasmodium falciparum malaria parasites in and around Lake Victoria, Kenya
【著 者】Ashley Osborne, Emilia Manko, Mika Takeda, Akira Kaneko, Wataru Kagaya, Chim Chan, Mtakai Ngara, James Kongere, Kiyoshi Kita, Susana Campino, Osamu Kaneko, Jesse Gitaka & Taane G. Clark
【U R L】https://doi.org/10.1038/s41598-021-99192-1

資金情報

本研究は、以下の資金を得て実施されました。
金子 明:科研費 (JP18KK0248、JP19H01080), JICA/AMED joint research project (SATREPS) (20JM0110020H0002)
金子 修:科研費 (JP19KK0220) Ashley Osborne:長崎大学卓越大学院プログラム Susana Campino:Medical Research Council UK (MR/M01360X/1), BBSRC UK (BB/R013063/1)
Jesse Gitaka:Tackling Infectious Burden in Africa (TIBA) fellowship, the African Academy of Sciences
Taane G. Clark:Medical Research Council UK (MR/K000551/1, MR/M01360X/1, MR/N010469/1, MR/R020973/1), BBSRC UK (BB/R013063/1)